福島県北部の伊達市にあるやながわ希望の森公園。ここには小さなSLが走っています。

4/15、「レトロ花めぐり号」が走った時、越河駅近くで上り列車を撮った後、下り列車が来るまでの間に、こちらのSLも撮ってきました。時々、大粒の雨が降ったりして天気はイマイチでしたが、桜は満開でした。

阿武隈急行の「やながわ希望の森公園前駅」近くの西口駅から約800メートルの線路が伸びており終点は東口駅。走るSLはこの鉄道のために昭和62年に地元の協三工業という会社が新製したものですが、石炭を焚いて走る本物の蒸気機関車です。新製とはいいながら、もう30年選手なんですね。そう考えるとなかなか風格があります(笑)

ちなみに機関車の番号「B62418」は、B型機関車で昭和62年4月18日に運転開始したことによるものだそうです。

現地に着くと、ちょうど西口駅に列車が到着したところ。ギリギリ撮ることはできましたが、ほとんど無煙でした。次の列車は…と、駅入口の時刻表を見ると、お昼休みを挟んで東口駅行きが13:20。だいぶ時間があるので、その間に阿武急を撮って時間の15分ぐらい前に来てみるとSLの気配。って、もう走ってるし…

追いかけるように東口駅へ行ってみます。

東口駅では機関車を切り離し、ターンテーブルで向きを変えます。

東口駅を出たSL列車です。通り過ぎるとほのかに石炭の煙の匂いが漂います。

どうやらお客さんがたくさんいるので臨時列車?が出ているようです。しばし待つと西口駅から折り返してきた列車がおおむね時刻表どおりにやってきました。なかかか良い煙を吐いています。

確かにお客さんがいっぱいです。この客車も協三工業製です。

東口駅でのポイント操作。向こう側ではSLが向きを変えてる最中です。

西口駅手前の桜並木で列車を待ちます。

これで時間。「レトロ花めぐり号」の下り列車を撮るため越河に戻ります。てか、昼ごはん食べるの忘れてた!

719系が登場したのは平成元年。仙台地区に登場した初めてのステンレス車で、片側3扉も初めてだと思います。車内のシート配置が集団見合い型というのが特徴でした。

この頃は仙台を離れていたのですが、帰省時に乗る仙山線ではかなりの確率で今電車に乗りました。東京で見る211系とよく似たデザインで、ちょっと都会になってきたんじゃないか、と思わせてくれる電車でした(笑)

そんなこんなで仙台の電車の近代化に貢献した719系ですが、登場から30年弱。ちょっと早い気もしますが(台車は元急行電車からお下がりでした)、引退の時期に近づいてきました。昨年のJR東日本のニュースリリースでは、E721系1000番台の投入により719系は置き換えで、順次廃車となるとのことでした。

で、今回投入されたE721系1000番台は19編成。最後のP4-19編成も既に運用に入っているので(何回か乗っています)、必然的に719系の運用はもうなくなったんだろうと思っていたのですが、未だに走ってますね、719系。

ED75 旧型客車のレトロ花めぐり号を撮りに行ったときに、槻木駅近くで走る719系を目撃しました。それで、先週の日曜日、桜はもう終わってましたが船岡駅〜大河原駅に時間を合わせて行ってみました。

船岡駅8時54分発の白石行きの普通列車。千桜橋から見ると遠くの船岡駅にホームに停まる電車のライトは腰に2灯、黄色い光。719系です。

わずかに赤みの残る桜の木の脇を行く719系です。

 


約30分待って白石駅からの折り返しを撮ります。

 

 


この後の運用はわかりません。今行った電車が仙台駅に着くのは10時3分。10時4分発の白石行きの電車がありますが、さすがにこれは違うでしょうから、次の白石行きは11時。仙台駅で1時間近く停まっているのか、車庫に戻るのか、別の方面に向けて運転されるのかわかりませんが、この日の撮影はこれで終了としました。


なんにしても残った719系もそんなに長い命ではないでしょうから、仙台エリアの電車は仙石線を除けば、E721系の一族と701系だけになってしまいそうです(阿武急から乗り入れてくる8100系もいますけど…)。


はぁ、455系、417系、715系、717系、719系が走り回っていたあの頃が懐かしい、って、もう20年以上も前のことなんですねぇ(遠い目) というか、雑多な客車や雑多な気動車、そして華やかな特急列車が活躍していたあの頃は…(もっと遠い目)


以上、結局のところ、いろいろとバリエーションがあった方が楽しいよね、というお話でした(笑)

今日は朝から病院です。朝イチで行ったのに予想以上に待ち時間が長くて終わったのはお昼前。

とりあえずお昼を食べて仙台駅近くのアエルの最上階にある展望テラスへ行ってみました。朝は小雨も降る天気でしたが、この時間帯は雲も多いけどまずまずの晴れ。

足元を行く東北本線。走っているのは仙石東北ラインのHB-E210系です。東六小学校の桜はもう終わりですね。

仙台車両センターの脇を行く東北新幹線。E5系とE2系が行きかいます。

さらに北側。E5系+E6系がやって来ました。

足元までやって来ました。縦に走る道の手前は宮城野橋で広瀬通りと直結しています。最近、西行きの橋も開通し、X橋と呼ばれていたころの面影はありません。

ここまでは東側の展望テラスからの眺望でした。続いて西側にも行ってみます。

雪を被った蔵王が見えました。もっと早い時間ならもっときれいに見えたでしょうね。尖った山が太白山で、手前の広場みたいなのが仙台城址です。よく見ると伊達政宗の騎馬像も見えます。
 
これで撤収ですが、エレベータホールからは北側が見えます。栗駒山が見えましたが、仙台から見えるのは割と珍しいかも。

我が家にも近い観音様も見えました。

最後は、北山駅の脇から。なんだか春ですねぇ。

今月の8日、最後の583系電車が最後の営業運転を終えました。

その時に583系の思い出話を書きましたが、今回は過去に撮った583系の写真です。と言ってもただの汚くて古い写真ですが…(笑)

まずは臨時特急「ふるさと」。東北新幹線の大宮暫定開業から上野開業までの間、他客時に新幹線の補完列車として上野〜青森間で運転されました。前の記事でも書きましたが、私が乗ったときはいつもガラガラでした。やっぱり一度新幹線に乗っちゃうと在来線特急では物足りなくなっちゃうんでしょうね。撮影時期は今ひとつ判らないのですが、昭和57年から59年の間だと思われます。

仙台駅で下り列車。

藤田駅〜貝田駅(だと思うのですが…)

東北新幹線開業前、上野駅にはたくさんの特急列車が行きかっていました。485系「白鳥」と並ぶ583系「みちのく」です。というのは冗談で、上野駅に着いた485系がヘッドマークの幕を回して「白鳥」が出た瞬間です。

上野駅を後に青森を目指す「はつかり」。

次は583系「ひばり」。485系のイメージが強い「ひばり」ですがゴーサントウ(昭和53年10月ダイヤ改正)前までは、583系の運用が1本だけありました。絵入りのヘッドマークはゴーサントウからですが、実際にはその少し前から使われ始めていました。と言うことで、この時期にだけ見れた583系「ひばり」の絵入りヘッドマークです。

上の写真の少し前の時期。赤い「ひばり」と青い「ひばり」。と言いつつ“色”が悪い(悲)

撮影時期は不明ですが、たぶん昭和52年ぐらいと思われます。仙台駅を後にする上りの「みちのく」です。現在、線路右手にある新幹線高架橋はまだその全容を見せていません。

最後は昭和51年の船岡駅〜大河原駅の一目千本桜を行く583系「ひばり」です。

古ぼけた写真で少しずつ遡ってみましたが、写真の出来はおいといて…その存在感、やっぱり名車でしたよね。

今年も桜の季節がやって来ました。

この時期には、例年、東北本線の仙台駅〜福島駅間で懐かしい車両を使用した臨時列車が運転されます。以前は583系や485系が使用されていましたが、去年はED75と旧型客車という編成で運転されました。

今年は運転区間は仙台駅〜郡山駅と拡大し、使用車両はED75+旧型客車と485系改造のジパング編成。1週目の4月8・9日はジパング編成、2週目の4月15・16日はED75+旧型客車となりました。

なんですが、私自身の体調がイマイチ。7日は熱を出して会社もお休み。さすがに次の日に撮り鉄というわけにもいかず週末は自宅待機、というか寝てました。ということで「ジパング花めぐり号」は完全見送り。次の週もウダウダとすごし本調子には程遠い状態。

そして2週目、どうしようかと思ったのですが、やっぱりED75+旧型客車は見たい! 来年見れる保障はないですからね。

とりあえず「レトロ花めぐり号」の1日目、4/15の土曜日だけでも、ということで出かけてみることにしました。

となれば、どこで撮るか。船岡駅〜大河原駅の一目千本桜はどうやら満開のようですが、そこでは昨年撮ってますし、なにしろあの人ごみに耐える自信はなし。結局、誰もいなそうな越河駅〜貝田駅で撮影することにしました。国道4号線を走ること1時間ちょっと。本当に誰もいませんでした(笑)

この日は曇りベースで時々日が差し、時々雨が降るという感じで、私の体調同様になんともはっきりしない天気です。まぁ、寒くもなく暑くもないというところはありがたいですが…

岡の上で待つことしばし。赤い機関車と茶色い客車が昔ながらの姿でやって来ました。

昨年同様、ヘッドマークは“無し”で少し安心(笑) 欲を言えば(ずっと前から思っていたのですが)3等車を示す「掘廚良充─出来るものなら、あれも消してほしい(笑)

それはさておき、さてと、どうしましょう? 体調が悪ければこれで帰るつもりでしたが、そこまでではなさそうだし、せっかく福島との県境まで来たのにこのまま帰るのも何だしなぁ〜、ということで、阿武急とやながわ希望の森公園のミニSLを見に行ってきました。天気は相変わらず微妙でしたが、桜は満開でまずまずでした。こちらについてはまた別の機会にご紹介します。

時間になったので東北本線に戻ってきました。場所は上りを撮った場所のすぐ南側の歩道橋(って言うのかな? 上の写真の奥にチラっと見える橋です)。直前に大粒の雨が降ったりしましたが、来るときには止んでくれました。

これで終了、打ち止めです。

翌日の日曜日はゆっくり休むつもりでしたが、朝起きたら快晴。はぁ、行くかな(爆)

撮影場所は悩んだ結果、前日と同じ越河駅〜貝田駅間。現地で何か所か見てみたのですが、なかなか良い場所が見つからず、結局、前日のポイントよりも少し北側の築堤の下からの撮影です。“桜”感は全くありませんが、チラリと鯉のぼりが見えます。なんにしても青空が気持ち良いです。

この後は、仙台市内で少し用事があったので、貨物と電車を少し撮ったら撤収。

午後の下りは撮らずに、用事か済んだらとっとと帰るつもりだったのですが、ん〜、やっぱり誘惑には勝てない(笑) 手近な南仙台駅〜太子堂駅間、名取川の鉄橋の袂で撮りました。

今どきのマンションや住宅をバックに、20分ぐらい遅れてやって来たED75+旧型客車です。

さてさて、来年も見ることはできるのでしょうか? というか、文頭で桜の季節とか言っておきながら桜、ほとんど写ってませんね。来年こそは…

この前の日曜日の河北新報に載っていた「消える国鉄特急車両」とい記事。中身は…この前日、約50年の歴史に幕を閉じた583系、かと思いきや、185系がE257系に置き換え、って、見たかった記事はコレじゃない! ここは東北には馴染みのない185系よりもかつて東北本線で活躍した583系でしょ!と思うのですが… 

という訳で、(いつもの事ながら)いささか遅くなりましたが、583系特急型電車の思い出話です(笑)

私が鉄道に興味をもった中学生の頃の東北本線は特急列車の全盛期。そしてその主役ともいえる特急電車といえば「赤い485系」と「青い583系」。軽快なイメージの485系に対して、重厚なイメージの583系はその希少性もあって仲間内でもやはり人気がありました。

初めて乗ったのは、“鉄”に目覚める前の小学5年生の頃。伊勢への旅行で乗った「ひばり10号」だったと思います。485系のイメージが強い「ひばり」ですが、ゴーサントウで消えるまでは1往復だけ583系の運用がありました。で、乗った時の印象ですが、特急に乗ったのに向かい合わせのボックスシートで「変な特急だなぁ〜」と思った記憶が残っています。

その後は何度か乗る機会がありましたが、選んで乗るというほどではなかったかもしれません。その中で記憶にあるのが東北新幹線の開業後に一時期走っていた臨時特急「ふるさと」。帰省の際に仙台と上野の間を数回乗りましたがいつもガラガラで、勝手にシートを引っ張り出して寝台にして横になって上野まで行くことが出来ました。通りかかる車掌さんも「しょうがねぇなぁ〜」という感じで黙認でしたけど… えっと、すみませんでした。もうしません、てか出来ません。

まともな?寝台にも「はくつる」や「ゆうづる」で何回か乗っています。583系の3段寝台の下段は上段中段と比べると居住性は良いのですが1000円ぐらい寝台料金が高いんですよね。で、乗るのはいつも上段か中段でしたが、ねらい目はモハネ582のパンダグラフ下の中段。ここはパンタグラフの分だけ屋根が低くなっていて、上段は設置できず、その分だけ中段の天井が高いので上半身を起こしても頭がつっかえないんです。乗る時は事前に駅で号車と寝台の番号を確認してから寝台の予約していました(笑)

なんかしょうもない思い出ばかりですが、もう乗れないんですね。

最後に乗ったのは何時だったかと調べてみたら… なんと10年以上前の平成17年10月でした。この時期はN-1+N-2編成が仙台に配備されていたこともあって割とよく撮っていたのですが、乗る方はずいぶん長いことご無沙汰のままでした。ちなみにこの時乗ったのは臨時快速「仙山もみじ号」で北仙台駅から仙台駅まで。6分間の旅でした(笑)

写真は、仙台配備後の修繕工事完了お披露目時のものです。仙台に来た時は本当にボロボロだったのですが、すっかりきれいになりました。

平成15年7月3日の仙台駅です。1番線ホームを2時間半ほど閉鎖して展示会が行われました。

青森側は快速「白虎」のヘッドマーク。

残念ながらJNRマークは再現されませんでしたが、JRマークは控えめ。

719系との並び。

車内も公開。1か所だけ寝台がセットされていました。

上野側は「ムーンライト」のヘッドマーク。隣に立っているのは駅長さんでしょうか?

ところで、クハネ583は保存しなんですかね? クハネ581の保存車両はあるけど、クハネ583はないと思うのですが… 保存してほしいなぁ〜

 


 

4月14日追加

今日の河北新報になぜか4月8日の583系ラストランの記事が出ていました。なぜ今頃?

函館から青函連絡船の夜行便で青森駅に着いたのは午前4時00分。東北本線の上りの始発普通列車が6時27分発で、その間、何をやっていたのかは全く記憶にありませんが、50系客車のボックスシートで向かいの席に座ったおばさんと世間話をしてミカンをもらった記憶はあります(笑)

やってきたのは野辺地駅。南部縦貫鉄道のレールバスに乗ることが、この日の最初の目的です。

ところが、野辺地駅の端っこにある南部縦貫鉄道のホームに入ってきたのはキハ104。キハ101、102はレールバスですが、このキハ104は元国鉄のキハ10形。乗りたかったのはコレじゃな〜い。

という訳で、当初は終点の七戸駅まで行くつもりでしたが、ついつい最初の駅、西千曳駅で降りてしました。

西千曳駅です。風情がありすぎるこの駅は元東北本線の千曳駅。東北本線の移設とともに野辺地駅からの線路とともに南部縦貫鉄道に引き継がれました。
衝動的に降りてしまったものの次の上り列車がやってくるのは約3時間後。ものの見事に何もない西千曳駅で待つのはいささか辛い。ということで、たまたま通りかかった中学生に野辺地行きのバスの乗り場を聞いて、バスで野辺地に戻りましたが、相変わらずの計画性のなさです。それでも野辺地駅の跨線橋から上りの貨物と下り普通列車が撮れました。ED75の重連も50系客車も今となってはもう見ることはできません。

うだうだしている間に南部縦貫鉄道の列車が来る時間になったので、「どうせキハ104だろ」などと思いながらホームに入ってみると… レールバスだし(泣) 思うに朝イチのラッシュ時間帯のみ大型のキハ104を使って、後はレールバスだったんでしょうね。キハ10系とレールバス、両方乗れるチャンスだったのに… あ〜、失敗した。

思わず、このままこのレールバスに乗っちゃおうかと思ったのですが、それをやると野辺地駅に戻ってこられるのは13時36分。この後は下北半島に行く予定で、さすがにちよっと無理でした。

その後、このレールバスとはなかなかご縁がなく、次に訪れたのが平成3年9月28日でしたが、台風のため全線運休で乗れず。結局、乗ることが出来たのは南部縦貫鉄道休止、というか事実上の廃止の約2週間前、平成9年4月20日のことでした。

レールバスをあきらめて乗った大湊線はキハ22とキハユニ26の2両編成。キハユニの方に乗っていますが、合造車って好きなんですよね。なのに写真を撮ってない。なんでだ(泣) そんなこんなで反省点の多い旅行3日目です(笑)
とりあえず、大湊駅で撮った気動車。柱の陰がキハユニなんですが…
こっちは普通にキハ22です。

大湊駅まで行った列車はそのまま折り返し、一駅目の下北駅からそのまま大畑線に乗り入れていたようです。で、大畑駅まで行っているのですが、完全に記憶から消えていました。大畑線はこの次の年にバス会社だった下北交通(当時は下北バス)に転換されているのですが、その下北交通になってから乗ったのが最初だと思っていました。それはそれとして、駅舎の向こう側にいるのはキハユニ26です(笑)

この後は少し迷走していて、乗ってきた列車で大湊駅に戻っていますが、再び大畑線に乗り田名部駅へ。ここから国鉄バスで大湊駅前を通り、宇田というバス停まで乗っています。この宇田バス停ですが、今は存在していないようです。地名からすると現在の海上自衛隊前というバス停がそれっぽい気がします。

なぜ、このバス停で降りたかというと、この日の宿が当時の防衛庁の保養所でした。前々日の青森の宿を調べていたときに見つけたのですが、一般人も泊まれるということで、ついつい予約してしまいました。高台の宿で部屋の窓からは自衛隊の港が見えたような…気がします(笑)

翌日は宇田バス停から大湊駅とは逆方向、むつ脇野沢まで国鉄バスに乗っています。どうやら青森十和田ミニ周遊券の有効利用のようです。すなおに大湊駅から野辺地駅に行っていれば、前日乗り損ねたレールバスにも乗れたろうに、とも思いますが…

1時間ほどかけて着いた脇野沢は鄙びた漁村のたたずまい。沖には鯛島という名前どおりにタイの形をした島が浮かんでいました。

これで、全作戦終了。乗ってきたバスで大湊駅に戻り、大湊線で野辺地駅へ。そのまま特急「はつかり」で盛岡駅へ行き、東北新幹線に乗り換えて帰路についたのでした。

で、最後に、大湊駅を出た直後に撮った写真。小雨ではなはだ見づらいのですが、たぶん原子力船「むつ」だと思います。

函館駅からキハ40で大沼駅までやって来ました。駅から南方向へ移動して小沼の湖畔で撮ります。「北海道に梅雨は無し」ということで、せっかく晴れてくれたのにネガの調子はなかなか厳しい状況。プリントが残っていた写真からのスキャンもあわせてご覧いただければ… 

 


小沼は見えません。駒ケ岳は木々の上にチラリと(笑) キハ80系の特急「北斗2号」。

山線経由で札幌へ行く特急「北海3号」。

後追いで… プリントからのスキャン版。色はこっちがキレイです。

DD51牽引の貨物列車。

新鋭(と言っても登場から5年ぐらいは過ぎてますが…)キハ183系の上り特急「北斗4号」。

14系の上り急行「ニセコ」なんですが、貨物列車とかぶって後追いだけ…

この後、大沼公園駅の北側のポイントまで3.5劼曚錨綿皸榮亜

今年の2月に行ったときに白鳥と一緒に撮ったポイントですが、ここもネガはあきらめてプリント版です。

 

特急「北斗5号」

 


急行「ニセコ」

下り普通列車はキハ22です。
この頃はまだ客車の普通列車も運転されていたのですが、残念ながら撮ってもいなければ見た記憶も無し。まだ旧型客車だったのか既に51形になっていたのか、今更言ってもなんですが、なんか気になります(笑)

大沼公園駅まで戻る途中、下りの貨物列車と行き会いました。

函館駅に着いたのは18時過ぎ。この駅舎、懐かしいです。

最後はお約束の函館山の夜景です。

この後は青函連絡船の夜行便で青森に戻ります。船は貨物船からの改造船「石狩丸」でした。津軽丸型のように美しい船ではありませんでしたが“バランス感の悪さ”がなんか好きな船でした。

ということで、ここまで来たので翌日に続きます(笑)

前回の続きです。

三厩駅から青森駅に戻ってきましたが、青森駅着は16時36分。青森港で青函連絡船を撮っていますが、時刻表を見ると撮れるのは18時55分着の1本だけ。この季節じゃないと撮れませんね。なんにしても国鉄の青函連絡船を港でちゃんと撮ったのはこの時だけです。

ただ、ネガの状態は前回の20系なんかと比べてもずいぶん悪いです。

青森港に入ってきたのは、函館で記念館として保存されている「摩周丸」です。

左手からタグボート「たっぴ丸」が近づいてきます。

大きな連絡船をタグボートが岸壁に押し付けていきます。小さいけどちゃんと国鉄のJNRマーク付きです。

この日はこれで終了、駅近くのビジネスホテルに投宿です。

翌日は早起きして5時25分発の函館行きの青函連絡船に乗ります。船は前日撮影した「摩周丸」でしたが、船内はガラガラ。乗船率は10%程度で、連絡船の凋落を実感せざるを得ない状況でした。

とはいえ、船旅もいいもんです。

途中、まだ陸奥湾の中ですが、青森行きの連絡線とすれ違いました。光の中を行く上りの連絡船。とりあえず早起きをした甲斐がありましたが、この写真だと朝日というよりはなんだか月の光のようにも見えますね。

津軽海峡では2度ほどイルカの群れと出会いました。

函館山が近づいてきました。

函館でも小さなタグボートが連絡船の接岸をサポート。

青森から3時間50分で函館に到着。隣の桟橋ではコンテナ車の積み込み作業中。大きな船体に次々と飲み込まれていきます。

次はいよいよ大沼駅まで行って函館本線の特急列車を狙いますが、次の下り列車の発車時刻まで約30分。その間に駅前で市電をちょっと撮影しました。

500形が普通に走っていますが、両方とも行先は「環状線」。現在の路線では環状はもちろん無理ですが、この頃は東雲線(宝来町〜松風町)やガス会社前を通る路線(路線名はわかりませんが…)もありましたので、ここをぐるっと走っていたみたいです(起点・終点は駒場車庫前?)。
この写真はプリントが残っていたのでこちらをスキャンしました。ネガよりはマシな状態です。

この後は函館本線の普通列車で大沼駅へ向かいます。

2月に函館に近い大沼駅・大沼公園駅付近で小沼や駒ケ岳をバックに函館本線の列車を撮ってきたのですが、今を遡ること30年以上前にもほぼ同じ場所で撮ったことがありました。

ちょっと懐かしくなって昔のネガを引っ張り出してみたのですが… ネガの状態はかなり悪いです。なんか真ん中あたりが緑がかって変色しているもの多数。一本のネガの中でも比較的よいコマととてつもなく悪いコマがあったりしてよくわかりませんが、だましだましスキャンしてレタッチしてみました。まぁ、とりあえず「懐かしい」以外の意味はありませんが、UPしてみます。
 
行ったのは昭和59年6月。例によって素直には行っていません。というか、当時のメモによると函館に渡ったこと自体が予定外だったようで、当初は青森県を主目的地とした3泊4日の旅だったようです。切符も青森十和田ミニ周遊券を使っています。

最初は、昭和59年に大沼あたりで撮った写真メインの記事のつもりだったのですが、旅行のメモや当時の時刻表なんかを見ていたらいよいよ懐かしくなってしまいました。

ということで、まずは旅行1日目の青森までを書きます。
 
上野駅から秋田駅までは夜行急行「おが」(その頃は東京に住んでいました)。車両は既に第一線を退き、主に急行列車で使用されていた20系客車。とはいっても寝台車には乗れず座席車の自由席です。自由席車は5両で、1〜3号車はナロネ21から改造されたナハ21、4・5号車は寝台車のナハネ20が座席車の代用として使用されていました。夜行でのるならゆったり過ごせそうなナハネ20に乗りたいところですが、考えることは皆同じで気づいた時には既に満席でした。止む無くナハ21の座席を確保。

20系客車は何回か乗っていますが、20系の座席車に乗ったのはこの時だけです。できれば車内の写真も撮っていて欲しかったところ。で、乗り心地ですが、ボックスシートのシートピッチが広すぎて前の席に足を乗せるとかえって疲れてよく眠れなかったとメモにあります。

上野駅を出たときはそこそこの乗車率でしたが、福島駅あたりから空きだし横手駅からはガラガラになったので、ゆったり足が伸ばせるナハネ20に移ろうと行ってみると、確かに車内は空いてはいたのですが、寝台には前のお客さんの湿気がこもってちょっと耐えられない状況。とっととナハ21に戻りました。

というのが、かろうじて残っている急行「おが」の思い出です(笑)

下車した秋田駅での撮影。電源車のテールサインは「急行」とシンプル。

秋田で機関車を付け替えこの後は男鹿線の男鹿駅まで行きます。向こう側に停まっているのは24系を使った特急「出羽」ですが、なぜ20系のこちら側のドアも開いているのかは不明です。

ディーゼル機関車が来るまで切妻のナハネフ23の顔が見えます。ヘルメットに座り込んだおニイさんが待機中です。

DD51を連結。

男鹿駅を目指し走り去っていきました。老いたりとはいえ、さすがの風格です。というか、男鹿線で寒風山をバックに走る20系も撮りたかったなぁ〜、と今更ながら思います。

20系急行「おが」を見送った後は、後続でやってきた14系の急行「津軽」で青森に向かいます。秋田駅ではかなり混んでいたようですが大館駅あたりからガラガラになったとメモにあります。なんも覚えてないですけど…(笑)

とりあえず青森駅で急行「津軽」も撮っておきます。寝台車もつないでいたはずですが見えませんね。

青森駅からは津軽線で三厩駅まで行きました。キハ22の3連ですがこの頃はもうタラコ一色ですね。

この日の予定は青森駅に戻り東北本線で野辺地駅まで行って、大湊線で終点の大湊駅まで行き、むつ市内の下北YHに泊まるつもりで三厩駅前から予約の電話を入れたようなのですが、なんと閉鎖されていました。

だからちゃんと調べてからにしなさいといつも言ってるでしょ、と言いたいところですが、この頃は事前に宿の予約をとるなんて皆無。基本、出たとこ勝負の旅ばかりでした(笑)

で、この時も函館に渡ることを決めたのはこの時点だったようです。とりあえず駅前の本屋さんで宿を探して青森駅近くのビジネスホテルを予約したことになっていますが、三厩駅前に本屋さんなんてあったんでしょうか? ストリートビューで見る限りそんな雰囲気はないですね。ちょっと謎です。

結局、三厩駅周辺で何を見るでもなく青森行きのキハ22に乗り込みます。

途中見かけた工事現場。「津軽海峡線第1二股高架橋他工事」となっています。もしかしたら津軽二俣駅付近でしょうか? ということはこの構造物は今の北海道新幹線「奥津軽いまべつ駅」かも… まぁ、わかりませんけど…

青森駅に戻ってきました。583系「はつかり」と奥の方に青函連絡船、煙突の色からして「羊蹄丸」だと思われます。

という訳で、次回は青函連絡船です。


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