寒いなぁ〜と起きて外を見れば雪景色。仙台北西部の丘陵地域の上り口ぐらいに位置する我が家では5cmぐらいの積雪。仙台中心部よりは少〜しだけ多いです(笑)

寒くても会社には行かなきゃいけませんので、とりあえず最寄りの北山駅までの道すがら写真を撮りながら雪見散策です。

道端の木々には雪の花♪

雪の梅田川。風情はイマイチ。

北山駅に入ってくる上りのE721系。

散策はこれで終了。この電車で会社に行きます(笑)

日中も気温は上がらず時々小雪が舞っています。

はぁ、明日も寒そうですね。

前日に続いて、ついつい行ってしまいました。

天気は前日よりも更に微妙。海側の空には青い一画が見えますが、山側からは厚い雲が押し寄せています。まぁ、何にしても前日と同じ角度で撮ってもしょうがないので、この日は貞山堀の橋の上から撮ります。逆光は覚悟の上です。

降りてくるボーイング787を真正面から。

上空を通過していきます。
この角度、割と好きです。

改修工事が進む貞山堀ですが、この辺は手付かず。橋の撤去後に着手すると思われます。

離陸も前日とは場所を変えてトンネル出口近く、滑走路北側から撮影します。こちらも逆光覚悟。天気はだいぶ回復してきました。

離陸体制に入るボーイング787とIBEXのCRJ。手前の川は八間掘と言います。

離陸!

一応、いつもの案内標識も撮っておきます(笑)

ちなみにこの日のスカイマークは「ヤマト」が来ていました。

着陸と、

離陸。

月の脇を飛ぶヤマトです。

スカイマークの特別デザイン機のうち「タイガース」と「ボブスレー」は未見のまま。一度は撮っておきたいけれど…

ANAのボーイング787が就航したのは2011年、今から6年も前のことで既に新鋭機というイメージも薄れていますが、これまで仙台空港には縁のなかった機種。私も過去に中部と那覇で地上にいるのを見たことがあるだけです。

先週、仙台空港に行った時には気づいてなかったのですが、そのボーイング787がいつの間にか仙台〜伊丹便で1日2往復に使われていました。と言っても期間限定のようで、今回は来週の木曜日までです(午後の便は水曜日まで)。

という訳で、2週連続となりましたが仙台空港へ行ってきました。

天気は青空は出ているものの雲も多いという微妙な状態。現地に着いてみると海側からの着陸なので、とりあえずターミナルビルの展望デッキから撮影します。

時間になると東の空にボーイング787の姿が。実は飛んでいる姿を見るのは初めてです。
翼の反り具合とかやはり独特のスタイルですね。日は陰ってますけど…(泣)
大阪から来た787と苫小牧から来たフェリーです。

滑走路まで来て日が差してきました。

続いて降りてきたピーチと。

ターミナルビルの前で向きを変えます。

後ろを離陸していくFDAのE175はチャーター便。珍客同士の出会いです。

離陸は臨空公園の手前のポイントで待ちます。

と、飛ぶ少し前に目の前の草原?の中に脚立を持ったらしき人物がやって来て、え〜、そこで撮る?というポジションに陣取ってしまいました。ここからだとちょうど離陸するポイントと被りそう。そこ、空港敷地ではないけど、多分立ち入り禁止だと思うんだけどなぁ〜

滑走路を走っているときは日が陰っていましたが、機首を上げたあたりから日が差してきました。

この画面のほぼ中央に件の人物が入っていますが、消えていただきました(笑) まぁ、デジタルなので簡単に消せますけど昔のフィルムだったら結構イラっとしちゃうなぁ〜

てな思いをよそにボーイング787は青空の中、大阪へ向かって飛び去って行きました。

まぁ、ちょっと愚痴っちゃいましたけど、なかなか新鮮な機体ではありました。これからも時々は来てほしいものです。

それと、ボーイング787とは関係ないのですが、仙台空港で同時に2機のピーチは初めて見ました。拠点化とは関係なさそうですが、今後も本数が増えて当たり前の光景になったらいいなぁ~ 撮るだけじゃなくて乗りやすくなりますね。

3つ前の記事関連でひっぱります(笑)

50系や417系の登場時の写真(プリント)と一緒に出てきたボンネット特急電車の写真は、仙台駅に北側から進入する485系のL特急「ひばり号」。しかもよく見ると先頭車はグリーン車のクロ481。次は中間車のグリーン車サロ481。ということで一編成に2両のグリーン車をつないだ、通称「クロサロ編成」です。

最初はいつ撮ったものか判らなかったのですが、50系や417系と同じネガにこの写真も入っていました。ということは昭和53年の7月から8月上旬の間に撮った写真ということになります。

当時「ひばり」は13往復で、そのうち3往復がこの「クロサロ編成」でした。当時の時刻表が手元に無く、代わりに昭和50年11月の時刻表(この直後の昭和53年10月のダイヤ改正まで大きな動きはないはず)で見てみると、13時20分発上野行きのL特急「ひばり8号」のようです。

「クロサロ編成」は13両編成で、他の485系「ひばり」よりも1両分長い編成だったのですが、この年の6月に途中のサハを1両抜いて12両編成に変更されたと、何かで見た記憶があります。ただ、この写真ではその辺がわかりません。欲を言えばきれいな編成写真も撮っていて欲しかったところです。

当時は仙台駅に行けば、普通に「ひばり」がいた時代ですからね。それに油断してどうも真面目に撮っている気配がないのが悲しい。

一応「ひばり8号」の後姿は撮っていました。こちらもボンネットですね。右に停まっているのは13時24分発上野行きの急行「まつしま4号」です。

特急「ひばり」、急行「まつしま」に続いて、13時29分発の417系普通列車が相次いで出発していたんですね。ホントに夢のようです(笑)

改めてネガを見てみると他にも485系「はつかり」や8月3日の仙台駅ペデストリアンデッキの開通式?の写真もありました。こちらも見ていただきたいのは山々なのですが、ネガの状態が甚だ悪く(417系の別角度からの写真もあったのですが、電車の顔がカビでべっとり緑色)とてもUPできるようなものではありませんでした。

そんな中、比較的被害が軽微で、スキャンした後に悪戦苦闘の末ここまで修正できたのがこちらの写真。12系客車の急行「くりこま」青森行きです。臨時の「くりこま51号」かな? 昭和53年10月の時刻表には該当列車はなく、昭和50年11月の時刻表だと「くりこま51号」は気動車で一関行きでした。まぁ、いいんですけどね…

便利な鉄道だったかどうかはおいといて、趣味的にはいい時代でした。この時に今の機材があったら腕と金の無さを補って余りある成果を残せたはずなんですが… 残念です(爆)

2つ前の記事で417系の運用開始時期が気になったものの、ネットで調べてもはっきりした月日はわからず、結局、図書館の古い新聞で調べてきたと“追記”に書いたのですが、せっかく行って来たので改めてその時のことを書くことにしました(笑)

まず会社帰りに近くの図書館に立ち寄ったものの新聞の縮刷版は朝日新聞のみ。地元紙の河北新報はデータベースで閲覧できるとのことでしたが、実際にパソコンで見てみたら表示できるのは平成3年以降のデータのみでした。調べたいのは昭和53年ですから残念ながらこれでは用が足りません。

しょうがないので先週の土曜日に宮城県立図書館に行って来ました。が、ここでも河北新報の縮刷版は見当たりません。係りの人に聞いてみたら、そもそも河北新報は縮尺版は発行していないとのこと。「秋田や福島の地元紙は出してるのに〜」と思いますが、出してないものは仕方がありません。係りの人からは「マイクロフィルムでご覧いただくようになります」と言われました。

縮刷版を探しているときにマイクロフィルムのコーナーを見つけてはいたのですが、“マイクロフィルム”という響きからは昭和のスパイ映画しか思い浮かばない(笑) 大丈夫だろうか(爆)

使い方は係りのお姉さんが丁寧に教えてくれました。

フィルム自体は思ってたのと違って(というか、昔のスパイ映画に出てきたのとは違って)、普通のカメラで使っていた35mmフィルムの長いやつ、って感じのロール式でした。1巻で半月分の朝刊と夕刊が収録されており、これを専用の機械にセットすると目の前のモニターに紙面が表示されます。

もちろんデジタル的要素は全く無く、先を見たければフィルムを巻き取り、前を見たければフィルムを巻き戻すのですが、ダイヤルを回すと結構な勢いでフィルムが回って記事なんて見えやしません。スピードを調整しながら目的の記事を探すのですが、意外とこれが大変でした。油断するとあっという間に数日分が通り過ぎてしまいますし、ゆっくりにするとちっとも先に進まない。その間に関係ないけど面白そうな記事があったりして、いよいよ先に進まない(笑)

それでも段々慣れてきました。目的の記事を見つけたのは8月前半のフィルムをセットして約10分後。

417系の運転開始日は昭和53年8月4日からでした。白石駅で始発式が行われたとのことで、その時の写真が載っていました。記事によると白石7時00分発の仙台行きと、仙台13時29分発白石行きの1往復のみの運転。既存のスジを電車で置き換えたのか、増発したのかまでは判りませんでした(気動車や客車の列車を同じスジで電車化するとは考えにくいのですが…)。それと9両編成での運転だったようです。この頃は普通列車もそこそこの長編成が普通でしたね。

とりあえず417系の記事があっさり見つかったので、ついでに50系の運転開始日も調べようと思います。フィルムを取り替えて、そこから1時間半かけて7月一ヶ月分の記事を見たのですが、こちらは結局関連記事を見つけることは出来ませんでした。そもそも客車の種類が替わっただけなので記事にならなかったのか、普通に記事を見落としただけなのかは判りませんが、なにはともあれ結構疲れました(笑)

とは言いつつ、昭和の新聞を読んでいるとあの頃の世情が伝わってきます。広告を見ているだけでも面白いです。使い方も覚えたことだし、今度は自分が生まれた日の新聞でも読んで見ましょうか。

このところ、仙台空港に、普段は見ることが出来ない機体が来ています。

11/22(水)に零式艦上戦闘機、こともあろうにいきなりゼロ戦。

11/28(火)にデルタ航空のボーイング747、いわゆるジャンボ機。

はぁ〜、撮りたかったなぁ〜 全然知りませんでした(泣) 昨日、時々見させていただいているブログで知りました。

零戦はニュージーランド在住の日本人の方が所有している機体で、現在、飛ぶことができる4機のうちの1機という貴重品です。近々手放す予定とのことで、一度は見てみたいと思っていました。事前に知っていたら無理をしても行っていたのですが… はぁ、残念すぎる。

ボーイング747も仙台空港で見たのはもうずいぶん前のことです(ANAのさよならフライトも見れませんでしたし…)。

そんなこんなで、今日もなんか来ないかなぁ〜、と1ヶ月半ぶりに仙台空港に行ってみました。が、そうそう都合よく珍しい機体が来るわけもなく、結局いつも通りの仙台空港でした(笑)

飛び立つアシアナを横目に札幌からのピーチが降りてきました。

離陸するアシアナですが、その手前、なぜか飛行機の形に濡れています。ちなみに隣のスポットも同様でした。何なんでしょう?

降りてくるJ-AIRのエンブラエル。その向こうには太平洋フェリーが見えます。

少し遅いお昼ご飯は1Fのプロントで買ってきたチキンカレー。みんなが離陸する飛行機に気をとられている間にパチリ(笑)

先に降りてきた中国国際航空と追いかけるように降りてきたエバー航空。

事務棟(というのかな?)の脇から撮影したエア・ドウ。

臨空公園に移動。ここも撮りにくくなりました。とりあえず飛び去るJ-AIRのエンブラエル。

こちらは降りてきたJ-AIRのエンブラエル。西日を浴びて輝きます。

離陸するエア・ドウ。日が暮れて室内灯が見えています。

最後は少し東側のポイントから離陸するエバーを見送って終了。

以上、普段着の仙台空港でした。

かつて仙台駅に出入りする鈍行(普通列車)は、電気機関車が引く旧型客車、あるいはキハ10系などの古い気動車ばかり。直流電化の仙石線を別にすれば電車なんて特急や急行で乗るものでした。

そんな旧態依然とした状況に、突然近代化の風が吹いたのが昭和53年のこと。青や茶色の旧型客車に替わるレッドトレイン50系客車、仙台地区初の近郊型電車417系が登場。同時期に登場したキハ40系と合わせて、国鉄の普通列車用の新鋭車両が勢ぞろいしました。

当時は高校生でしたが、ぶっちゃけ、これは結構うれしかったです。なにしろ全部新車ですからね(笑) 実際に走り出した時には喜び勇んで仙台駅に撮りに出かけたものです。

 

50系が登場したのは7月でした。最初は常磐線に投入され、仙台〜原ノ町間に1往復の設定でした。

 

こちらは50系に切り替わる直前(前日か前週かは忘れましたが…)の旧型客車の編成です。

手動の扉を開けて、走行中にも関わらず乗客が身を乗り出しています。これが当たり前の姿で、私も乗った時は結構こんな感じでした。当然、危険なわけで、実際に私が高校生の頃でしたが、市内の高校に通う生徒が列車から転落して足を切断した、なんてニュースも記憶にあります。

そして、50系の初日。もちろんドアは自動ですから安全性は問題なしです。これだけでも50系にした甲斐があったというものでしょう。

その後は東北本線でもその姿を見れるようになりましたが、機関車が牽引する客車ゆえに短編成列車による頻発運転に対応できず、また、セミクロスシートながらデッキ付きの構造でラッシュ時の使い勝手の悪さもあって、50系の時代は極めて短命に終わってしまいました。

 

一方の417系の登場時期ははっきりとはわからないのですが、たぶん10月のダイヤ改正、いわゆるゴーサントウの時ではないかと思います。当時の時刻表を見てみたら利府〜白石間で2往復の電車の運用があるので、たぶん、これが417系だと思います。

 


2017.11.29追記

417系の登場時期について上のように推測したのですが、なんか違うかも… 実はこの記事を書いた後に該当のネガを見つけたのですが、417系の写真の後に七夕飾りが写っています。しかも「ひばり」のクロサロ編成も同じネガに入っています。クロサロ編成はゴーサントウの改正で姿を消していますので、どうもゴーサントウの前に417系は運用を開始しているようです。う~ん、もうちょっと調べてみますか。



 


2017.12.02追記

417系の登場時期について県立図書館で調べてきました。当時の新聞を見れば載っていると思ったのですが、地元紙である河北新報は縮刷版は発行していないためマイクロフィルムで保存しているとのこと。う~ん、初めてマイクロフィルムにさわりました(笑)

 

結果、運転開始日は昭和53年8月4日からでした。白石駅で始発式が行われたとのことでその時の写真が載っていました。当初は白石駅〜仙台駅間の1往復のみの運転で、10月のダイヤ改正で上記のように利府駅〜白石駅間で1日2往復となったようです。

 

ちなみに50系の運転開始日も調べようとしたのですが、こちらは記事を見つけることが出来ませんでした。単に見つけ損ねたのか、車両が替わっただけなので記事にならなかったのか? 417系の記事は10分ぐらいで見つけたのですが、50系についてはそのあと1時間半ぐらい探してそこであきらめました(泣)


 

仙台駅の5番線ホームにピカピカの417系が入線してきました。

正面のデザインはスカートが少しごついけど415系とほぼ同じ。サイドを見ると2扉なのが特徴です。ボックスシートが多いのはよかったのですが、50系ほどではないにしても乗り降りに時間がかかることで後にはやや使いづらい車両になってしまいました。それと登場時は準備車といいつつも非冷房。これは少し残念なポイントでした。

右奥には40系気動車の姿も見えますね。

417系は国鉄の財政難から増備が行われることなく当初の5編成15両と小世帯のままでしたが、2007年に運用を離れるまでの30年間一貫して仙台圏で活躍を続けました。

50系と比べると恵まれていましたね。う〜ん、人生いろいろです(しみじみ)

たまたま出てきた1枚の写真。

写っているのはキハ55系気動車、仙山線の普通列車、山形行きです。撮った時期ははっきりしませんが、多分、中学生の頃で昭和50年代の前半。当時住んでいた家の近くに北山霊園という市営の墓地があるのですが、そこの敷地内から撮っています。何で撮ったのかは全く不明(笑)

仙山線は今でこそ、「単線で輸送力がどうの」「動物とぶつかってどうの」「枯れ葉がどうのこうの」などと言われつつも、仙台の都市内交通の一翼を担う鉄道となっていますが、当時は、1時間に1本あるかないかのローカル線。沿線に住んではいましたが、とても普段使いできるような代物ではありませんでした。

そもそも北山駅もまだ存在していません(ちなみに上の写真は現在の北山駅からわずかに北仙台駅寄りのポイントです)。仙台駅と愛子駅の間の駅数はわずかに2駅。北仙台駅を出ると次は遥か向こう(失礼!)の陸前落合駅でした。それが今では7駅。実に3.5倍です。

運転本数も仙台駅発の下り列車ベースで、1日12本でした(以下、運転本数は全て仙台駅発の下り列車ベース)。内5本が急行列車でしたから、普通列車はたったの7本。最終の作並行きを除けば全て山形駅まで行く列車(急行は山形行きの他に新潟行き、酒田行きがありました)。そもそも仙台の都市内交通であるという概念もありませんでした。

状況が変わったのが昭和59年2月のダイヤ改正時で、仙台駅と愛子駅間の区間列車が7本設定されました。そして北山駅、国見駅も新規開業。その後は前述のように駅も増え、運転本数も今では1日46本。そこそこ立派な仙台圏の都市内交通機関として成長しました(もっとも、仙台市と山形市を結ぶ都市間交通期間としては高速バスに大苦戦ですけど…)。

でもなぁ〜、あの頃走っていたのは実にバリエーション豊かでした。この気動車だけでなく、急行列車は455系電車、キハ58系気動車。普通列車はED78牽引の旧型客車(あの頃は“雑客”なんて呼んでましたが、客車自体が多種多様でした)、さらに貨物列車と、E721系電車だけの今と違い、趣味的には面白かったですよね。と言いつつ、身近すぎてほとんど撮ってないというパターン。上の写真が数少ない1枚です(泣)

あれから約40年後、ほぼ同じ場所からの風景です。
残念、ちょっと角度が違ってました。もう少し線路より寄りに行ければよかったかな。

何はともあれ、車両は最新のE721系1000番台。周辺は住宅地ということは変わりませんが、見渡したところ確認できた同じ建物は荒巻小学校の鉄筋校舎だけですね。

昭和は遠くになりにけり…  そりゃまぁ、歳もとるわな(爆)

昨日は仙台でも初雪が観測されました。そして今朝もなかなかの冷え込みで、今シーズン初のコートでの出勤でした。

いよいよ冬が到来ですね。ということで最後の秋を楽しむべく先週に引き続き「秋のるーぷる仙台」を撮って来ました。

 

 

国際センター駅の近くのポイント。青葉山から下りてきた「赤」。8台ある「るーぷる」専用車の中で最古参の1台です。

向こうから来たのは八幡町方面からの「水玉模様陣羽織」。この先の交差点で両方ともそれぞれ左折して、「赤」は牛越橋を経て八幡町方面へ。「水玉模様陣羽織」は仲の瀬橋を渡り都心部へと向かいます。

こちらは仙台城址の隅櫓をバックに「黄緑」。この車両はメーカーが他の車両と異なるため、デザインも少し独特です。

この後ろには紅葉を背に、慶長遣欧使節団としてローマに赴いた支倉常長の銅像が建っています。

少しアングルを変えてもう1枚、と思ったら日が陰ってしまいました。車両は「仙台市電色」です。

近道をして青葉山に登って待ち構えていると、仙台城址を廻ってきた「仙台市電色」が坂を登ってきました。

坂の下にいるのは一番最初に撮った「赤」です。

この辺で雪が舞ってきましたが、すぐに止んでしまいました。さすがに雪景色はまだですね。

青葉山キャンパスの入り口あたりで「政宗号」を撮って終了。

仙台で秋の佇まいを撮れるのもそろそろ終わりでしょうね。

にしても、今回撮ったバスは、この寒いのにほとんどが満席、立ち客ありの状態で運転していました。登場から18年が過ぎたるーぷる仙台ですが、仙台観光の足としてすっかり定着しています。

久しぶりに「さいち」の“おはぎ”が食べたくなって、何も用事はありませんが秋保温泉へ行ってきました。

という訳で、秋保のローカルスーパーの超有名な“おはぎ”と総菜を買ったら、秋保・里センターに立ち寄ります。ここは秋保観光の拠点となる施設ですが、ここの裏手に磊々峡(らいらいきょう)という景勝地があります。遊歩道も整備されていて、去年、紅葉がいい感じだったのでまた来てみたのですが、やっぱりもう遅すぎですね。

一応、こんな赤い葉っぱの木もあるのですが…

全体的にはこんな感じ。これでも比較的いいところ、です。

すぐ下流側にある覗き橋の上から。

そのまま覗き橋を渡り対岸から。規模は小さいですがこちら側も公園になっていました。
写真は45度ほど傾いていますm(_ _)m

これで帰るつもりだったのですが、覗き橋の下流側にも遊歩道がありますね。この辺にはこれまで何度となく来ていますが、ここは歩いたことがありません。というか、よく考えてみたら真面目に磊々峡を見たことないかも…

奇岩、巨岩がそそり立つ渓谷です。今更言うのもなんですが、なかなか見ごたえのある景勝地でした。

それほどの距離ではありませんが、写真を撮りながら30分ほどの散策を楽しみました。

遊歩道自体はもう少し先まで続いていましたが、とりあえずここまで。
「いらっしゃいませ 秋保」。いささか疲れた看板がかかっていますが、その先の橋も同様のようで車両通行止めです。

ここからは県道を戻りますが、道沿いには長崎から帰ってきた元仙台市電が保存されています。
ちなみにここは昭和36年に廃止された秋保電鉄の秋保温泉駅跡地です。

ところで秋保温泉と仙台空港を結ぶバス路線が今年の9月に運行を開始しました。秋保・里センターにもそのバス停があります。時刻表をみてみたらちょっと待てば仙台空港行きが来るので待っていたら、思った以上に立派なバスがやって来ました。専用車のようです。
ただ、見た範囲では乗っているお客さんはゼロ。1台見ただけで言うのはどうかと思いますし、時間帯にもよるのかもしれませんが、どうも苦戦しているようです。需要が少ないのか、知名度が低いのか… 何とか頑張ってほしいものです。

最後は磊々峡とは関係のないネタでしたが、とりあえず来年はもう少しよい時期に撮ってみたいと思います。


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