令和になって1ヶ月が過ぎました。

その間、そこそこ大変なことはありましたが、令和だからということではなく、それ以外は淡々といつもどおり過ぎている感じでしょうか?

まぁ、1ヶ月が過ぎたということで、とりあえず、令和の3日目に買った「令和カップヌードル」を食べました(笑)

“だるま”をモチーフとした、なかなかよいデザインです。

なんでも、当初は「カレー」や「シーフード」バージョンも出るはずだったそうですが、諸事情によりノーマルなしょうゆ味のみの発売になったと、何かで読んだ気がします。

で、ふたを開けてみれば… 見た目は変われど中身はいつもと同じ。

時代は変わったといいつつ、そんなものかも知れません。

と思ったら、カップヌードル、6月から値上げなんですね。やっぱり密かに少しずつ変わっていくんですかねぇ〜

てか、デフレの時代は完全に終わり?

令和が二桁になる前に、ささやかな年金生活者を目指す身としては、インフレは困るんですが… なりそだな〜
 
6月4日追記
ささやかな年金生活を夢見ていたんですが、今朝の新聞をみたら、金融庁曰く、「年金だけじゃ足りないんで二千万円の貯えが必要」だそうです。""ささやかな年金生活を夢見ることにします。。。

ついに令和時代の幕が上がりました。

昨夜は時代が変わるまでは起きているつもりだったのですが、11時過ぎにはウトウトしてしまい、ハッと気づけば11時50分。ここで寝たらいかんと、頑張ってなんとかその瞬間を迎えました。

で、何の抱負を思うでもなく、その数十秒後には爆睡でした(笑)

そして、令和の初日の出、見たいなぁ〜と思ったのですが、予報は普通に雨。それでも奇跡がないかと日の出の時間にあわせて起きてみますが、こんな感じでした。

ん~、朝感ゼロ。
 
そういえば、平成の初日も雨でした。

午前中はちょっと用事があって街中へ出かけまして、その帰りに勾当台公園の八重桜を撮ってみます。小雨の中ですが、わりとキレイです。

仙台市役所はすぐ近く。庁舎に「令和」の看板でも出てないかな、と思い、行ってみたら、こんな看板が出てました。その下の方に小さく「令和元年」の文字。

近くまで行ってみると、「天皇陛下御即位 祝意記帳所」の張り紙がありました。

天皇陛下への祝意と上皇陛下への感謝の記帳です。

せっかくなので記帳することにしましたが、記帳簿(っていうのかな?)を開いたら、まだ誰も書いていない。記入例もないしなぁ〜 一応、書きましたけど、下手すぎ。そもそも字が汚いうえにバランスも悪い。書かなきゃよかった。と思うレベル。次に書く人は、絶対に何のプレッシャーも感じないだろうなぁ〜(泣) 
 
まぁ、気持ちだけでも…

気を取り直して(笑)、新緑の定禅寺通りへ。

令和時代、良い時代になるとよいですね。

それはそれとして、昨日も今日も夕刊が来ました。休みなので来ないと思っていたのですが… 新聞屋さんもたいへんです。

平成最後の日です。もうじき、皇居では退位の儀式「退位礼正殿の儀」が始まります。

NHKでも朝から特番をやっていますが、テレビで平成を振り返りつつ、何となく昭和最後の日を思い出しています。

そう遠くはないんだろうと内心思いつつも、突然にやって来た昭和最後の日。その日の朝、起きてすぐテレビを付けて昭和天皇の崩御を知りました。

当時は東京の国分寺市に住んでいましたので、中央線で小一時間、急ぎ皇居前広場へ行ってみることに。気分としては、時代の変わり目をその中心で見てみたかった、という感じでしたが、行ってみると、既にたくさんの人が集まっていました。

広場内をウロウロしていると、一般の人たちに混じり、なぜか昔の軍服を着た人が来て最敬礼をしていたり、宗教関係と思われる一団が旗を揚げて鐘を叩いていたりして、そこそこ異様な雰囲気を醸し出していたように思います。

警察官警備の中、誰が乗っているのかはわかりませんが、黒い車列が皇居の中に入って行きます。

もちろんマスコミの方もたくさんいて、私も朝日新聞の記者からインタビューを受けたけど、採用はされなかったみたいです(笑)

午後になって、新元号の発表があるということで、新宿駅東口に移動。アルタのモニターで「平成」を知りました。まぁ、最初は普通に馴染みませんでしたが…

その後は、また皇居前広場へ行き、これが昭和時代最後の夕焼けです。

東京駅には弔旗。もちろん両端のドームは三角屋根だった時代です。

帰宅後、友人が来たので、車でもう一度、深夜の皇居前広場に行き、結局、友人宅で「平成時代」を迎えるという、なかなかせわしい一日でした。

で、今回の改元では、どこへ行くでもなく家でテレビを見ているという… 我ながらちょっと物足りないかぁ。

何しても、今回は特例法での譲位でしたが、天皇崩御という沈んだ雰囲気での改元よりも、今回のように素直にお祝い気分で新しい時代を迎えるほうが良いのではないかと思います。天皇陛下にも譲位後は、穏やかな日々をおくっていただきたいものです。

平成時代、いろいろなことがあったけど、総じてみれば良い時代だったのではないでしょうか。

先日、朝食後に歯磨きをしていた時、それは突然起きました。何となく直前にくしゃみが出たよう気がするけど定かではありません。とにかく腰のあたりに今まで経験のない感覚が走り、腰の力が全部抜けたような感じ。辛うじて体勢は保ったものの、何が起きたのかわからない。

しばし呆然としていましたが、恐る恐る足を動かしてみると動くけど何とも言えない違和感。助けを求めるにも既に家の中には誰もいない。

これがいわゆる“ぎっくり腰”ってやつなんでしょうか? 初めての経験です。

どうしてよいのかわからず、とりあえずだましだまし歩いてベッドまで行って横になります。その時に激痛!

30分ほど横になっていましたが、既に会社に間に合う時間ではありません。まずは会社に電話を入れて休みを取ります。で、やっぱり病院に行った方がいいのかな? 一応、ネットで調べてみると、整形外科に行けと書いてあります。ん〜、整形外科だったら以前、親が通っていた病院が近所にあります。行ってみるか。

問題は車の運転できるだろうか?

その前に服装を何とかしなければ、と、シャツを着て、ジーパンをなんとか履いて、靴下は… 病院でスリッパを履くとき素足はちょっとなぁ〜と頑張って履きますが、結構な激痛。10分ぐらいかけて何とか履きます。

車には腕で体を支えることで何とか乗って、乗ってしまえば運転は何とかなりました。

約5分で到着。ただ地元では評判の病院と言うことで、待ち時間が長くて辛い。座ったり立ったりしながら待つこと2時間弱。ようやく名前を呼ばれ、最初に言われたのが、短パンを渡され「靴下脱いで、ズボンもこれに履き替えてください」

「えっ〜」と思わず声が出てしまいました。さっきの苦労は何? あ〜、無意味な努力をした(泣)

お医者さんに状況を説明したら、いろいろと痛いところとかをチェックされ、「とりあえずレントゲンを撮りましょう」と言われるけど、ポーズが結構辛い。

で、「骨は問題ないです。きれいに並んでますね」と褒められ?、「まぁ、(レントゲン写真を指差して)ここら辺の筋を痛めましたね。痛みが取れるまで1週間から10日間ぐらいですね」

「あまり前かがみにならないようにしてください」と注意され、痛み止めの薬と湿布の処方箋を出してもらって終了。いつの間にかお昼を過ぎていたので、途中で昼食を買って帰ります。うむ〜、朝よりは歩けてるかなぁ〜 力の加減がわからんが…

翌日になったら、そこそこ動けたので、動いたら… 今日の午後になって再び痛み復活。無理したらアカンみたいです(アホだ)

てか、久しぶりの記事がこんなので申し訳ないです。

最近、「もっと歩け!」とお医者さんに言われ、会社帰りに時々一駅分歩くことがあります。と言っても、週に1〜2回程度ですが…(^^ゞ

今日も本来の下車駅である北山駅の一つ手前、北仙台駅で下車。ここから家を目指して歩きます。まぁ、約30分程度の距離です。

で、線路際の道を歩いていると、日没直後の空がきれいです。

飛行機もたくさん飛んでいるようで、空には幾筋もの飛行機雲がみえます。そして新たに南から北へ飛ぶ飛行機が… Flightradar24によるとJALの252便、羽田発札幌行きのB777のようです。

何気に飛行機雲を追っていると、その下の雲がうっすらと虹色に光っています。

少しアップで。
写真だと今一つはっきりしませんが、肉眼だともう少しきれいに見えました。

まぁ、彩雲の定義がよくわからないのでアレなんですが、良いものが見れました。犬も歩けば…です(笑)

もちろん褒められたことではないのですが、インフルエンザの予防接種を最後に受けたのは小学生の頃。それも高学年では何かしら理由を付けて受けてなかったような気がします。以来、1度も受けたことはありませんでした。

でも、半世紀以上生きていますが、とりあえずインフルエンザに罹った記憶がありません。世の中にどんなにインフルエンザが蔓延しても罹ったことなし。仮に熱がでても病院で検査を受けると結果は常に「白」。

「どうやら俺はインフルエンザには罹らないみたいだ」という何の根拠もない自信があったのですが…

今週の月曜日の朝、なんかのどが痛いし、ちょっと熱っぽい。で、測ってみたら6度ちょっと。普段が5度5分ぐらいしかないので微熱といえば微熱なのですが、とりあえず普通に会社に行きました。

ところが午後になったら体がやたらだるい感じ。結局、早退して家で体温を測ってみたら8度オーバー。

ヤバイかな? 近所の病院で検査をしてもらうと、反応はないものの発熱してからの時間が短くてまだ何とも言えないとのこと。

翌朝、熱は7度前後でしたが、念のため再度病院で見てもらったら…

「あら、出ましたよ♪」

「へっ?」

A型でした。で、熱が下がっても人にうつしてしまう可能性があるので、金曜日までは人のいるところには行かないように、というお達し。

イナビルという薬を処方されました。タミフルとかリレンザとかは聞いたことがありましたが、これは初めて聞く名前です。薬剤師さんのご指導の下、ボトル2本分の粉薬を吸い込んで、治療はこれで終わりだそうです。

結果、(記憶にある限り)初のインフルエンザはさして重くもならず、熱は8度4分を最高に、8度台に上がっても解熱剤を飲むと7度台に下がり、これを数回繰り返して、今朝以降は解熱剤なしでも6度台まで下がりました。とりあえずお達し通り明日までは家でおとなしくしていますけど… 

にしてもなぁ〜、ホントだったら今日から北海道旅行の予定だったんですよね〜 インフルでなければ強硬出撃も考えちゃいますが、「人にうつすかも」と言われれば、さすがにあきらめるしかありません。あと2日早く発症してれば行けたかなぁ、とも思いますが、行った先で発症するよりはマシ。ですよね(と、思いこむ)。

ちなみに乗るはずだった飛行機は、先ほどほぼ予定通りに新千歳に到着しました。はぁ、悲しすぎる(爆)

てか、次からはちゃんと予防接種を受けろ!

2つ前の記事で417系の運用開始時期が気になったものの、ネットで調べてもはっきりした月日はわからず、結局、図書館の古い新聞で調べてきたと“追記”に書いたのですが、せっかく行って来たので改めてその時のことを書くことにしました(笑)

まず会社帰りに近くの図書館に立ち寄ったものの新聞の縮刷版は朝日新聞のみ。地元紙の河北新報はデータベースで閲覧できるとのことでしたが、実際にパソコンで見てみたら表示できるのは平成3年以降のデータのみでした。調べたいのは昭和53年ですから残念ながらこれでは用が足りません。

しょうがないので先週の土曜日に宮城県立図書館に行って来ました。が、ここでも河北新報の縮刷版は見当たりません。係りの人に聞いてみたら、そもそも河北新報は縮尺版は発行していないとのこと。「秋田や福島の地元紙は出してるのに〜」と思いますが、出してないものは仕方がありません。係りの人からは「マイクロフィルムでご覧いただくようになります」と言われました。

縮刷版を探しているときにマイクロフィルムのコーナーを見つけてはいたのですが、“マイクロフィルム”という響きからは昭和のスパイ映画しか思い浮かばない(笑) 大丈夫だろうか(爆)

使い方は係りのお姉さんが丁寧に教えてくれました。

フィルム自体は思ってたのと違って(というか、昔のスパイ映画に出てきたのとは違って)、普通のカメラで使っていた35mmフィルムの長いやつ、って感じのロール式でした。1巻で半月分の朝刊と夕刊が収録されており、これを専用の機械にセットすると目の前のモニターに紙面が表示されます。

もちろんデジタル的要素は全く無く、先を見たければフィルムを巻き取り、前を見たければフィルムを巻き戻すのですが、ダイヤルを回すと結構な勢いでフィルムが回って記事なんて見えやしません。スピードを調整しながら目的の記事を探すのですが、意外とこれが大変でした。油断するとあっという間に数日分が通り過ぎてしまいますし、ゆっくりにするとちっとも先に進まない。その間に関係ないけど面白そうな記事があったりして、いよいよ先に進まない(笑)

それでも段々慣れてきました。目的の記事を見つけたのは8月前半のフィルムをセットして約10分後。

417系の運転開始日は昭和53年8月4日からでした。白石駅で始発式が行われたとのことで、その時の写真が載っていました。記事によると白石7時00分発の仙台行きと、仙台13時29分発白石行きの1往復のみの運転。既存のスジを電車で置き換えたのか、増発したのかまでは判りませんでした(気動車や客車の列車を同じスジで電車化するとは考えにくいのですが…)。それと9両編成での運転だったようです。この頃は普通列車もそこそこの長編成が普通でしたね。

とりあえず417系の記事があっさり見つかったので、ついでに50系の運転開始日も調べようと思います。フィルムを取り替えて、そこから1時間半かけて7月一ヶ月分の記事を見たのですが、こちらは結局関連記事を見つけることは出来ませんでした。そもそも客車の種類が替わっただけなので記事にならなかったのか、普通に記事を見落としただけなのかは判りませんが、なにはともあれ結構疲れました(笑)

とは言いつつ、昭和の新聞を読んでいるとあの頃の世情が伝わってきます。広告を見ているだけでも面白いです。使い方も覚えたことだし、今度は自分が生まれた日の新聞でも読んで見ましょうか。

今日は志津川に行っていました。その時にちょっと珍しいものが見えたのでご紹介します。

志津川には11時ぐらいに着いたのですが、目的の南三陸さんさん商店街は大賑わいでなかなか近づくこともできない状況。かなり遠い駐車場に案内され、車から商店街まで徒歩5分強というところでしょうか? 想像以上でした。とりあえずちょっと早い昼食でも…と思いながら何気に空を見ると、なんか妙な虹。

商店街の上に、いわゆる弧を描いた虹ではなく、横に伸びた虹。気づいている方は少ないかも。

もう少し見晴らしのいいところと、ここまでせっかく歩いてきたのですが、また駐車場の方に戻り展望台に上がってみると、最初よりも少し濃くなってきたようです。志津川湾の上の虹です。

カモメも飛んでいますが、見えますか?(笑)

約10分ぐらいで消えましたが、この虹のことは夕方の宮城ローカルの情報番組でも紹介されていました。大気中の氷晶に太陽光が屈折して起きる「環水平アーク」という現象だそうです。

台風7号が関東から東北にかけて太平洋岸を駆け抜けていきました。

 

仙台でも明け方から雨が強くなり、朝の4時には東北本線、仙山線、仙石線の始発から15時頃まで運転の見合わせ情報が入ってきました。とりあえず今日までお盆休みをとっていたので個人的には特に影響はありませんが、事実上、今日の在来線は夕方まで動かないってことですね。

 

9時過ぎに仙台駅に様子を見に行ってみました。

 

新幹線が平常運転されているせいか、駅構内はそれなりに賑わっていました。一方の在来線は仙台空港アクセス鉄道が平常運転されているほかは事前の情報通りすべて運休。

 

▼改札の中は人影もまばらです。

▼改札口付近には地元のテレビクルーが2組ほど来ていました。

▼ペデストリアンデッキ

▼新幹線南口改札はいつも通り。

▼駅前広場から青葉通りを望む

この時間帯が一番雨が強かったみたいです。

 

そのあと、少し用事を済まして帰宅したのが11時過ぎ。雨は小降りになっていました。さらに13時には雲の間からそこそこ青空も広がっていました。

 

JRの在来線が動き出したのは予定通り15時から。仙山線に至っては下りが仙台15:20発からで上りはその電車が愛子まで行って、それが折り返しで16:15発が今日の始発。

 

仙台市内しか見ていない素人の考えですけど、今日ぐらいの状況だったらもう少し早く運転再開できなかったのかなぁ〜、という気がしました。朝一で15時って決めたら何が何でも15時までは走らせない、ってわけではないと思いますが…

 

まぁ、もちろん安全第一ですけどね。

 

これから台風が近づく北海道の皆さん、十分にご注意ください。

こどもの日です。休みだっつう以外はあんまり関係ありません(笑)
 
それはそれとして、大量の「こいのぼり」を一気に飾るのが流行りだしてどれくらい経つんでしょうか? 結構あっちこっちでやってますね。先日、阿武急を撮りに行った時もちょこちょこ見かけました。
 
まずは仙台市内。広瀬川の宮沢橋を挟んで上流側と下流側に都合2列並んでました。
 
▼下流側から仙台の中心部を望みます
赤い橋が宮沢橋です。
 
▼宮沢橋から上流方向
この角度だと気持ちまばらな感じも無くもないかも…
 
▼宮沢橋から下流方向
東北新幹線が上っていきます。
 
▼西岸から東岸方向
この角度だとなかなかの密集感。
 
続いて角田市内。
 
▼川の名前はわかりませんが、阿武隈川の支流です。

川の両岸は住宅地です。「こいのぼり」の密度はなかなかですが、風がないとだら〜んとしてちょっとさびしいかも。
 
最後は県境を越えて福島県伊達市。
 
▼猿跳岩(さるぱねいわ)



阿武隈川の景勝地です。初めて来ました。というか、「こいのぼり」が無かったらそのまま通り過ぎるとこでした。ちなみに対岸は宮城県です。

なんか、あちらこちら華やかでいいですね。

電車のついでに「こいのぼり」を撮ってみましたが、意外と難しいです。メインで写るこいのぼり」の“目”が写らないとちょっと間抜けになるんですが、なぜかお腹を見せてくるんですよねぇ(笑)


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