2回ほど空いてしまいましが、平成5年に撮った福井の写真の続きです。
 
京福電鉄の永平寺線と福井鉄道を撮った翌日、どうしたかというと、前日に撮っていなかった京福電鉄の越前本線の轟(どめき)駅で撮っています。なぜ轟駅に行ったかと言えば、…なんでなんでしょう? わかりません。駅名に惹かれたのかな?
 
とりあえずこんな感じ。車両は阪神からやって来た2201形です。 
▼轟駅  [H5.2.27]



2201形は京福初の高性能電車で、かつ冷房車。1両編成で運転されていました。もちろん両運転台ですが、京福に来た時に改造したのかな、と思っていたのですが、改めて調べてみたら最初から両運転台だったんですね。
 
轟駅で撮った後、どうしたのかはネガからは不明。轟駅の次は夜の金沢駅で撮影してます。そのまま金沢に行ったとしたら時間が合わない。で、探してみたら当時のメモが見つかりました。
 
それによると、この時の全行程は以下の通りでした。
 
東京からひかり1号(100系)で名古屋まで行き、こだま495号(0系)に乗り換え米原へ。ここで近江鉄道を1枚撮ってからしらさぎ1号(489系)で福井に入っています。こだまで米原まで行ったのは、名古屋でひかり1号からしらさぎ1号に乗り継げなかったからだと思われます。
 
福井に着いてからは、京福電鉄で永平寺まで往復して、福井口から田原町、福井鉄道で市役所前と、記憶通りの行動でした。
 
デジカメになってからは、乗った列車も出来るだけこまめに撮るようにしていますが、当時はほぼ撮ってないですね。今から考えるともったいないけど、フィルムの時代は1枚撮るといくら、みたいな感覚でしたからね。最初からデジカメの今の人がうらやましい(笑)
 
という年寄りネタはおいといて…
 
轟駅で撮った後はメモによると、越前本線で終点の勝山駅まで乗りつぶし、越前大野駅までバスで行って越美北線のキハ120で福井に戻っています。さらに福井鉄道もこの時に武生新まで乗りつぶしていました。てか、やっぱりもう少し写真を撮っててほしいところです。
 
そういえば、福井鉄道の乗りつぶしをした時に、なかなか年代物の電車に乗って、たまたま隣に乗り合わせた学校の先生をやっているといいうおじさんと何かいろいろと話をさせていただいた、なんて感じで記憶が少しよみがえってきました。ちなみにこの時に乗ったのは200形(202-1)でした。
 
武生からは雷鳥35号(489系)で金沢まで行って、寝台特急「北陸」で帰京したのでした。往復ともそれなりに豪華なラインナップですが、前年の平成4年から原因不明の体調不良が続いて、ようやく復調の兆しが見えたころの旅行でした。それで、念のため、という感じで新幹線、特急、寝台特急という(夜行バスや普通列車よりは)体に優しそうな列車を選んだのでした。
 
というわけで、最後は金沢駅で撮った雷鳥と北陸です。
▼金沢駅  [H5.2.27]

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