昨日(12/25)の夕食前、何気にテレビを見ていたら、羽越本線で特急が脱線したとのニュース速報が流れました。その時は詳細はわからなかったのですが、その後、ネットなどで調べたところ、午後7時15分ごろ、羽越本線の砂越駅―北余目駅間の最上川を渡る第2最上川橋梁付近で、秋田発新潟行き特急「いなほ14号」(6両編成)が脱線転覆したとのこと。

その後、テレビニュースでも救援作業の映像が入りだしました。チラッと見えた車両は485系3000番台のようです。どうやら原因は突風のようですが、今時の軽い車両ならともかく、昔ながらの重い車両がどうして?という感じでした。

今朝の時点では死者3名、負傷者多数。さらに車内に取り残された男性の救出作業が続いていましたが、夕方帰宅したらその方も亡くなっていたそうで、結局死者は4人、負傷者は32人という惨事となりました。

事故現場は、徐行とか運転中止の規制の基準には達していなかったようですが、相当の風と雷がなっていたとのこと。列車が通ったその瞬間に基準以上の突風が吹いたのか、それ以外の要因があったのか… 下から巻き上げるような風があったのではないかとの報道もありました。

現場となった区間ですが、過去何度か通った事があります。特に印象に残るような場所ではありません。以前やはり突風による転落事故が起きた餘部鉄橋とは違い、やや長いながらも普通の鉄橋と普通の土手です。言い換えれば日本中似たような場所はいくらでもあり、それだけに怖い気がします。

亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、一刻も早い事故原因の究明を待ちたいと思います。


同じ日、私の地元仙台では、乗用車がアーケード街を暴走。7人が怪我をする事件がありました。4月には同じ中央通でトラックが暴走し、7人を死傷する事件があったばかり。私の故郷はいつからこんな危ない街にになったのでしょうか? 

犯人は50過ぎの男で、「職場で嫌がらせを受け、むしゃくしゃしていた」「人をはねて警察に捕まり、楽になろうと思った」と供述しているそうですが… このバカ! なんか情けなくなってきます。何を考えて半世紀以上も生きてきたのでしょうか? 

この男は業務上過失傷害の現行犯で逮捕されましたが、仙台中央署は殺人未遂の適用を検討するとのこと。ぜひそうしていただきたいと思います。

かつて、仙台から北に伸びる仙台軌道(後に仙台鉄道と改称)という鉄道がありました。通称「軽便コ」。軌間(レールの間隔)が762mm、JRの在来線1067mmと比べると30cmも狭い軽便鉄道でした。

大正11年に、通町〜八乙女間が開通。その後、吉岡まで伸び、さらに昭和2年に陸羽東線の中新田(現・西古川)までの全線が開通しています。距離は約40劼舛腓辰箸任垢、所要時間は約3時間。とてものんびりした鉄道でした。

昭和25年の水害の影響で北仙台〜加美中新田が事実上廃止された仙台鉄道は、加美中新田〜中新田の一駅区間のみで細々と運転を続けたものの、ついに力尽き昭和35年に姿を消してしまいました。

その仙台軌道(仙台鉄道)をテーマとした彩墨画展が市内のギャラリーで開催されており、ちょっとのぞいて見ました。

北仙台〜中新田までの情景が、35枚の絵で順に再現されています。全て作者の方の記憶によるものだそうですが、実にリアルかつ素朴な味わいで、当時の様子が生き生きと伝わって来ます。また、絵の下につけられた作者によるコメントも、その場に居た人にしか書けないもので、全て見終えると本当に中新田まで旅した気分にさせてくれます。

それにしてもホントに人の気持ちにゆとりのある時代だったのだと思います。コメントを見ても、坂にさしかかり動けなくなった列車を乗っていた中学生たちが押したとか、無蓋貨車に乗っていた女学生が揺れた拍子に転落したけど走って追いかけてきたとか、満鉄さんと呼ばれた機関士さんはスピードを出すので人気があったがよく脱線したとか、今なら大騒ぎになるような出来事が淡々とつづられています。

「あ〜、乗ってみたかったなあ〜」そう思わせてくれる絵画展でした。

※一部、彩墨画の作者である児玉様のコメントを引用させていただきましたが、私の記憶違いのところもあるかもしれません。本稿の文責は当ブログ管理人である私にあることを申し添えておきます。

昨日の山手線も、架線事故による5時間の運休と、大変だったようですが、私の通勤ルート、仙山線もなかなか大変なのです。

今朝、通勤のために仙山線北山駅に行くと、「約10分遅れで運転」との表示。しょうがねぇなぁ〜、と思っていたら、今度は放送があり、「ただいま仙山線は、面白山高原付近(と言ったと思う)で“空転”のため、40分程度の遅れが発生しています」 って、40分かよ。まぁ、動いてさえいれば、乗るべき電車の前の前ぐらいの電車が来るからいいんですが…

実際、駅で待つこと10分程度で上り電車がやってきました。で、遅れの原因の“空転”ですが、東京の人には、何とことかわからないのではないでしょうか? 実はコレって、落ち葉のせいなんです。

仙山線はその名の示すとおり、仙台と山形を結ぶ路線です。当然のその真ん中には、東北の背骨、奥羽山脈がそびえています。必然的に周囲は自然の宝庫。秋は本当に紅葉が見事。作並〜山寺は本気でお勧めです。…が、紅葉が終われば、大量の葉が散ります。コレが線路に溜まって、踏んだ電車の車輪が空転、と言う訳です。

この「落ち葉遅延」が、ひと秋に数回はあります。JRも対策はとっているようですが、効果があるのかないのか、乗客としては「もうしょうがねぇな」って感じです。

で、朝は遅刻する事もなく、無事に会社に着いたのですが、次は帰りです。残業を終え、仙台駅に着いたのが21:05。電車は21:04分発ですが、案内表示を見るとまだ発車していないようです。急いでホームへ行ってみると、電車の姿はなくホームには長〜い行列。えっ、まだ回復してないの? 改札口に戻り、駅員に聞いてみると、「朝の遅れは昼には回復したんですが、その後、また風が吹きまして、山寺付近に落ち葉が溜まっちゃって…」

うむ〜、1日に2回ですか… 勘弁して欲しいな〜 と思う、秋の仙山線なのでした。。。


てか、今も外は強風。明日の朝がコワイ(笑)

東北本線の貨物列車の主役が金太郎EH500にシフトして久しいですが、かつての主役赤ベコことED75もまだまだ頑張っているようです。

昨日、所用があり県北に行って来たのですが、行きがけの駄賃ということで、東北本線の田尻駅付近でちょっと撮影してきました。と言っても、貨物列車の運転時刻についての予備知識はゼロ。とりあえず許された時間で撮れる物は撮っておこう、というノリです。

実際に線路際にいた時間帯は、昼の12時40分ぐらいから14時ぐらいまでの1時間ちょっと。

で、いきなり来ました。赤白塗装の更新機牽引の下り貨物列車。何ですが、こちらはまだ車の中、っていうかまだ運転中(笑) でも小牛田駅を出て間もない列車は、チンタラ走っています。線路と併走する道路に車を停めてサイドから何とか1枚枚撮影。その後、田尻駅に立ち寄り普通列車の時刻を確認(まぁ、701系ばかりですけど…)。

さてと、撮影できる場所を探していたら、上りの貨物列車。何とこちらもED75牽引。更新機ですが、白の部分が少ない新更新色。これはタイミング合わず、見送り。あ〜、もったいない。。。

陸橋の上から下りの普通列車701系を撮影。あとは貨物列車を待つ。ひたすら待つ(笑) と言う覚悟だったのですが、程なく上りの貨物がやってきました。こちらはEH500が牽引。ED75を追い落としている張本人ですが、けっこう好きな機関車です。特に試作機や一次型、そして二次型あたりはカッコいいです。まぁ来たのはEH500の中でも主力となっている三次型でしたけど…

で、5分ぐらいしたらまた上りの貨物。しかも牽引はED75。これも新更新色です。何か予想外の収穫かな? この後も上り下り一本ずつEH500を撮ることが出来ました。

結局、この1時間ちょっとの収穫は次のとおりでした。予想以上にナナゴが頑張っていますね。ただし全て単行で重連はありませんでした。

12:40ごろ 下り ED75
12:45ごろ 上り ED75
12:55ごろ 上り EH500
13:00ごろ 上り ED75
13:15ごろ 上り EH500
13:40ごろ 下り EH500

※田尻駅付近の通過時刻です。もしかしたら撮影の参考にされる方がいらっしゃるかもしれませんが…、とりあえずプラマイ5分程度の誤差とお考えください。もしこのとおりに来なくても一切責任は持てません。あしからずご了承のほどを…m(__)m


東北本線 田尻〜瀬峰

先週もちょっと書いたのですが、先週・今週末に、583系電車を使った快速列車「仙山もみじ号」が、仙山線仙台〜山形間を1往復しました。走行写真は、(家の近所で)一応撮ったのですが、久し振りに583系を間近で見たくなって、これまた手近な北仙台駅に行ってきました。

目標の上り列車は、北仙台駅に17:27発。これに合わせて10分ぐらい前に北仙台に着きました。ん? 北仙台駅のホームにはいるはずのない下り列車…? 何か嫌な予感。で、これが的中。今日の15:30頃、北山形駅構内で発生した人身事故の影響でダイヤが乱れているようです。
「1番線に停車中の電車は17:13発の愛子行きです。遅れております上り快速列車を待っての発車となります」
まもなく、上りの快速が到着。どうやら30分近く遅れているようです。仙山もみじ号も同じぐらい遅れれば、到着は30分後かな、帰ろうか、と思い、近くのコンビニでちょっと用事をすませ、その間に気が変って再び駅に戻ると、さっきの下り電車がまだいる。あれ?と思ったら、また駅のアナウンス。
「1番線に停車中の電車は17:13発の愛子行きです。遅れております上りの“臨時”快速列車を待っての発車となります」
臨時ってことは仙山もみじ号でしょう。ってことはすぐ来るのかな、とあわててホームに上がると、西の方から3つのヘッドライトを照らして583系が入ってきました。

やっぱり風格がありますね。イマドキのステンレス通勤電車とは格が違います。先頭車付近で数枚写真を撮ったところで、車掌の笛の音が響きます。
ピィ〜ィ! 
思わず飛び乗っちゃいました。いや〜、今日は見て撮ったらそのまま帰るつもりだったんですが… まぁ、しょうがないか。とりあえず定期券の範囲内だし…(笑) 乗車率はそこそこ、各ボックスに1人か2人ぐらい。空きのボックスは見当たりませんが、1人だけのボックスに座らせてもらいました。久し振りの感覚。いつもの通いなれた路線ですが、特急型に乗ってるだけでなんだかうれしくなってしまいます。高い天井に、その両脇の寝台が収容されたカバー。あの独特な雰囲気はそのままです。仙台に来た頃は柄の入ったモケットだったシートも、本来の国鉄の青に戻されています。ふぁ〜っと、国鉄の特急型電車の乗り心地を楽しんでしまいました。もっとも、乗っていたのは北仙台〜仙台までの7分間。あっけなく仙台駅の6番線ホームに到着。ダイヤよりも5分の遅れでした。

ホームの先頭車付近には“鉄”の一群。ん〜、なんか近づきたくないぁ、なんて思ってしまいますが、よく見れば、若い女性もいます。よく判らないけど、とりあえず珍しいからケータイで撮っておこう、というノリのようです。これに紛れて?、一応パシャッと撮って一撃離脱(笑)

その後は、いつも電車719系で帰りましたけど、あ〜味気ない電車だなぁ〜(^_^;)

つう訳で、ケータイで撮った583です。


仙台駅に停車中の583系「仙山もみじ号」

☆ふたつ、夜行列車の風格です

なんとなく、懐かしい雰囲気だぁ〜

※走行写真はこちら

583系といえば、かつては昼夜兼用の特急型電車として東北本線に君臨した名車。既に第一線は退いていますが、JR東日本の仙台支社には、その583系電車が一編成だけ存在します。6両編成で、食堂車はもちろんグリーン車もないモノクラス編成は、往年の姿を知る身としてはちょっとさびしいのですが、それでも可能な限り国鉄時代の雰囲気を保っている姿には好感がもてます。

最近は仙台を中心に臨時の快速電車として活躍していますが、昨日(10/22)は快速「仙山もみじ号」として仙山線 仙台〜山形を一往復しました。とは言いつつ、紅葉には少し早く、しかも天気は終日雨。どうしようかと思ったのですが、おもいっきり手近で撮影してきました。車で5分ちょっとというポイントですが、結構山の中という雰囲気で撮れる場所です。前回来た時は造成しただけの人気のない場所だったのに、今回行ってみたら背後に家が立ち並び、微妙に気まずい雰囲気…かも(笑)

周囲の木々の色づきはまだまだですが、たらの木の葉が微妙に赤くなっていたので手前に入れて撮ってみました。

快速「仙山もみじ号」は今日(10/23)と来週の土日の運転です。今朝の仙台は未明に雷雨があり、ちょっと心配でしたが、JRのHPでは仙山線に大きなダイヤの乱れはないようです。

下り:9837M 仙台11:16 → 山形12:45
上り:9844M 山形16:12 → 仙台17:34


9837M 仙山線 北山〜国見 2005.10.22

中央線の201系は、今でこそ年に数回の出張などで上京した時に乗る程度ですが、かつて国分寺市に10数年住んでいた私にはとても馴染み深い車両です。職場が三鷹、立川、八王子と多摩を転々とした事もあり、通勤に使うのはいつでも201系ばかり。乗って楽しい車両というわけではありませんでしたが、世代交代の時期を迎えたと聞くと、なにやら感慨深いものがあります。

思えば、私が就職のため東京にいった頃も、中央線の世代交代が進んでいた時期でした。私の記憶が正しければ、201系の大量増備に、まず103系が姿を消し、わずかに残った101系も追い立てられるように消えていきました。そして気付いたときには中央線は201系の王国と化していたのでした。

あれから20年。周りの電車のステンレス化が進む中、鋼製車両の孤塁を守もり続けた201系ですが、やはり古臭い印象は拭いきれないものがありました。でも、たまの上京であのオレンジ色の電車を見るとちょっとホッとしたのも事実です。

JR東日本のプレスによると、来年12月に201系の後継車として登場するのはE233系電車。E231系をベースとし、コンセプトは「故障に強い車両」「人に優しい車両」「情報案内や車両性能を向上した車両」「車体強度の向上」だそうです。もちろんステンレス車で、中央線伝統色のオレンジの帯を巻いています。カッコ良いかどうかはおいといて、とりあえずイマドキの電車、って感じですね。さびしい反面、ちょっと乗ってみたい気はします。

で、以前撮った201系の写真はなかったかな、と探していたら、こんなのが出てきました。 ん〜、とりあえず懐かしい(笑)

国鉄最晩年の201系
1987年3月 中央線西国分寺駅で撮影

今朝の始発からJR福知山線の運転が再開されました。

始発電車は事故現場に差し掛かると、新たに設定された制限速度60km/hの半分、30km/hに速度を落とし、先頭車の乗務員室には制服に身をつつんだ垣内社長が敬礼する姿が見えました。そして、現場では南谷会長以下50人ほどのJR西日本社員も、カーブに差しかかってきた始発電車へ敬礼。

今朝からテレビで何度となく見た光景ですが、なんとなくセレモニーと化している気がしないでもありません。ただでさえ緊張する事故後初の営業運転、マスコミが注視する中、社長に隣に立たれた運転士は嫌だったんじゃないかなぁ〜、などと思ってしまいました。もちろん選ばれたのはベテラン運転士なんでしょうけど…

それはさておき、今回の運転再開に際して、JR西日本は国土交通省側の条件でもあった福知山線のATS−Pの設置を実施。さらに所要時間のダイヤを修正しました。

55日ぶりの運転再開が、早いのか遅いのかは判りませんが、様々なバッシングを受けながらの準備、大変だったろうとは思います。ATS−Pについては、結果的にほぼ計画通りの実施でしたが、ダイヤの修正は、福知山線の全面的な修正は当然ですが、その他影響範囲はJR東西線、東海道本線、片町線、山陰本線、湖西線に北近畿タンゴ鉄道にまで及んでいます。これを実質的には一ヶ月程度で作り上げたのでしょうから、作業に当たった方は相当なご苦労されたことと思います。

ただ、その内容が宝塚〜尼崎で2分弱時間が延びただけ。運転本数も変わらず。言い換えれば、たった2分間短縮したばかりにあの事故は起きたわけで、そう思うとやはりご遺族は無念だろうとは思います。それと今回の修正はあくまでも福知山線。他にも危険なダイヤはあるのではないのか、ちょっと気になるところです。

それと、相変わらず気になるのがマスコミの対応。今回の運転再開が時期尚早ではないか…という論調が散見されました。その理由が、安全対策が不十分とかいうのならまだ判るのですが、ご遺族の了解が得られていない、っていうのはどうでしょうか? もちろん無視してよい話ではないのですが、JR西日本の社会的な責任としての福知山線の再開、という見方があってもよいはずです。福知山線の運休で不便な思いをされている利用者もたくさんいらっしゃるのですから。

で、最後にもう一つ腑に落ちないことが… JR西日本のホームページを開くとトップに、今回の事故のお詫びの文章が載っているのですが、亡くなられた方の数が106人となっています。が、亡くなられたのは確か107人だったと思うのですが…

6/25追記
そうか、今頃になって気付いた。亡くなった乗客の数が106人でした。残りの1人は乗客じゃなかったですね…
 
何はともあれ運転は再開されました。これが「安全でありつづける鉄道」のスタートであって欲しいと切に願います。

4月の下旬に仕事の内容が激変したのですが、5月の下旬にはそれにあわせて、事務所が移転。当然のことながら窓の景色も少し変わりました。

一番の変化は… 東北新幹線の高架橋がすぐ脇に見えるのです。パソコンに向かって仕事をしていても、ふとした気配に外を見ると新幹線電車が窓の向こうを駆け抜けていきます。はぁ、心が和む(笑)

かつては200系一本やりの東北新幹線でしたが、今やすっかり少数民族となってしまいました。リニューアル車はそこそこ見ますが、東北新幹線のシンボルだったあの「緑の新幹線」は本当に貴重です。今の事務所に移ってから2本しか見ていません(まぁ、全列車見ている訳じゃありませんが…(^_^;)。ちなみに見たのはいずれも先頭車が2000番台もしくは200番台の100系もどきでした。

一方、圧倒的な勢いで勢力を伸ばしているのがE2系。単独編成で、あるはE3系とのコンビで我が物顔で行く姿は東北新幹線の主(ぬし)というところでしょうか? それにしても、側窓の大きな1000番台が増えました。見ている範囲では、E2系の半分以上がこのタイプです。

そして忘れちゃいけない2階建のMAX E4系。カッコいいとは思いませんが(笑)、その存在感はさすがです。ずんぐりした印象ですが、改めて真横から見るとその流線型の部分の長さに、240/hで走る高速列車であることを認識させられます。

そして、今日、打ち合わせの合間(^_^;)に、初めて電気・軌道総合検測車「East−i(イーストアイ)」E926系を見ました。

北海道新幹線が開通する頃には、ここを行く車両もすっかり様変わりし、さらにスピードアップも図られることでしょう。ってことで、そのための試験車が今月登場します。高速試験車「FASTECH(ファステック)360」E954系 楽しみだなぁ〜 って、いい歳こいて新幹線電車を見て癒されててもしょうがないのですが…(苦笑)


それはそれとして、今日、現在工事中の東北新幹線の八戸〜新青森の牛鍵トンネルで崩落事故がありました。不幸中の幸いで負傷者は出なかったようですが、田んぼに開いた巨大な穴は衝撃的でした。新青森開業は5年後を予定していますが、影響は出るのでしょうか? さらにその5年後には新函館まで延びる予定です。工事はくれぐれも安全第一でお願いしたいものです。

昨日のことですが、北海道新幹線の起工式が、当面の終着駅となる新函館駅予定地で行われました。

計画によると、今回の工事区間は新青森〜新函館までの148.8km。10年後の2015年度の開通を目指すこととなります。これにより5年後に開通する八戸〜新青森とあわせ、首都圏と北海道が高速鉄道で結ばれることになります。

予定される所要時間は、東京〜新函館が約4時間、仙台〜新函館で約2時間半となり、現在より2時間程度短縮されます。

楽しみです♪ とうとう新幹線が津軽海峡を越えます!

って、まぁ楽しみっちゃ楽しみなんですが… 大丈夫かな?

東京から4時間っていうのは飛行機に勝てるかどうか、微妙なトコです。赤字新幹線を作って、JRの国鉄化は避けて欲しいと思います。もっともあと10年ありますので、その間に更なるスピードアップは可能とも思えます。飛行機に勝てるかなぁ?

それと、並行在来線の廃止問題。この場合は、津軽線と江差線が対象となります。もちろん貨物輸送がありますから線路自体がなくなることはありえませんが、第三セクター化は避けられません(津軽線は青い森鉄道?)。旅客運賃の値上げは必至。これはどうにかして欲しい。

更に、将来の札幌までの延伸。これをしないと意味がないでしょうが… 遠いなぁ。更に更にスピードアップが必要です。以前読んだ川島令三さんの本では、350km/hで走れば東京〜札幌で4時間を切れるって書いてましたけど… 

安全とコスト。先の尼崎の事故を他山の石として…

ともかく、作る以上は地元にとって有意義なものとして欲しいものです。


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