今年も桜の季節がやって来ました。

この時期には、例年、東北本線の仙台駅〜福島駅間で懐かしい車両を使用した臨時列車が運転されます。以前は583系や485系が使用されていましたが、去年はED75と旧型客車という編成で運転されました。

今年は運転区間は仙台駅〜郡山駅と拡大し、使用車両はED75+旧型客車と485系改造のジパング編成。1週目の4月8・9日はジパング編成、2週目の4月15・16日はED75+旧型客車となりました。

なんですが、私自身の体調がイマイチ。7日は熱を出して会社もお休み。さすがに次の日に撮り鉄というわけにもいかず週末は自宅待機、というか寝てました。ということで「ジパング花めぐり号」は完全見送り。次の週もウダウダとすごし本調子には程遠い状態。

そして2週目、どうしようかと思ったのですが、やっぱりED75+旧型客車は見たい! 来年見れる保障はないですからね。

とりあえず「レトロ花めぐり号」の1日目、4/15の土曜日だけでも、ということで出かけてみることにしました。

となれば、どこで撮るか。船岡駅〜大河原駅の一目千本桜はどうやら満開のようですが、そこでは昨年撮ってますし、なにしろあの人ごみに耐える自信はなし。結局、誰もいなそうな越河駅〜貝田駅で撮影することにしました。国道4号線を走ること1時間ちょっと。本当に誰もいませんでした(笑)

この日は曇りベースで時々日が差し、時々雨が降るという感じで、私の体調同様になんともはっきりしない天気です。まぁ、寒くもなく暑くもないというところはありがたいですが…

岡の上で待つことしばし。赤い機関車と茶色い客車が昔ながらの姿でやって来ました。

昨年同様、ヘッドマークは“無し”で少し安心(笑) 欲を言えば(ずっと前から思っていたのですが)3等車を示す「掘廚良充─出来るものなら、あれも消してほしい(笑)

それはさておき、さてと、どうしましょう? 体調が悪ければこれで帰るつもりでしたが、そこまでではなさそうだし、せっかく福島との県境まで来たのにこのまま帰るのも何だしなぁ〜、ということで、阿武急とやながわ希望の森公園のミニSLを見に行ってきました。天気は相変わらず微妙でしたが、桜は満開でまずまずでした。こちらについてはまた別の機会にご紹介します。

時間になったので東北本線に戻ってきました。場所は上りを撮った場所のすぐ南側の歩道橋(って言うのかな? 上の写真の奥にチラっと見える橋です)。直前に大粒の雨が降ったりしましたが、来るときには止んでくれました。

これで終了、打ち止めです。

翌日の日曜日はゆっくり休むつもりでしたが、朝起きたら快晴。はぁ、行くかな(爆)

撮影場所は悩んだ結果、前日と同じ越河駅〜貝田駅間。現地で何か所か見てみたのですが、なかなか良い場所が見つからず、結局、前日のポイントよりも少し北側の築堤の下からの撮影です。“桜”感は全くありませんが、チラリと鯉のぼりが見えます。なんにしても青空が気持ち良いです。

この後は、仙台市内で少し用事があったので、貨物と電車を少し撮ったら撤収。

午後の下りは撮らずに、用事か済んだらとっとと帰るつもりだったのですが、ん〜、やっぱり誘惑には勝てない(笑) 手近な南仙台駅〜太子堂駅間、名取川の鉄橋の袂で撮りました。

今どきのマンションや住宅をバックに、20分ぐらい遅れてやって来たED75+旧型客車です。

さてさて、来年も見ることはできるのでしょうか? というか、文頭で桜の季節とか言っておきながら桜、ほとんど写ってませんね。来年こそは…

この前の日曜日の河北新報に載っていた「消える国鉄特急車両」とい記事。中身は…この前日、約50年の歴史に幕を閉じた583系、かと思いきや、185系がE257系に置き換え、って、見たかった記事はコレじゃない! ここは東北には馴染みのない185系よりもかつて東北本線で活躍した583系でしょ!と思うのですが… 

という訳で、(いつもの事ながら)いささか遅くなりましたが、583系特急型電車の思い出話です(笑)

私が鉄道に興味をもった中学生の頃の東北本線は特急列車の全盛期。そしてその主役ともいえる特急電車といえば「赤い485系」と「青い583系」。軽快なイメージの485系に対して、重厚なイメージの583系はその希少性もあって仲間内でもやはり人気がありました。

初めて乗ったのは、“鉄”に目覚める前の小学5年生の頃。伊勢への旅行で乗った「ひばり10号」だったと思います。485系のイメージが強い「ひばり」ですが、ゴーサントウで消えるまでは1往復だけ583系の運用がありました。で、乗った時の印象ですが、特急に乗ったのに向かい合わせのボックスシートで「変な特急だなぁ〜」と思った記憶が残っています。

その後は何度か乗る機会がありましたが、選んで乗るというほどではなかったかもしれません。その中で記憶にあるのが東北新幹線の開業後に一時期走っていた臨時特急「ふるさと」。帰省の際に仙台と上野の間を数回乗りましたがいつもガラガラで、勝手にシートを引っ張り出して寝台にして横になって上野まで行くことが出来ました。通りかかる車掌さんも「しょうがねぇなぁ〜」という感じで黙認でしたけど… えっと、すみませんでした。もうしません、てか出来ません。

まともな?寝台にも「はくつる」や「ゆうづる」で何回か乗っています。583系の3段寝台の下段は上段中段と比べると居住性は良いのですが1000円ぐらい寝台料金が高いんですよね。で、乗るのはいつも上段か中段でしたが、ねらい目はモハネ582のパンダグラフ下の中段。ここはパンタグラフの分だけ屋根が低くなっていて、上段は設置できず、その分だけ中段の天井が高いので上半身を起こしても頭がつっかえないんです。乗る時は事前に駅で号車と寝台の番号を確認してから寝台の予約していました(笑)

なんかしょうもない思い出ばかりですが、もう乗れないんですね。

最後に乗ったのは何時だったかと調べてみたら… なんと10年以上前の平成17年10月でした。この時期はN-1+N-2編成が仙台に配備されていたこともあって割とよく撮っていたのですが、乗る方はずいぶん長いことご無沙汰のままでした。ちなみにこの時乗ったのは臨時快速「仙山もみじ号」で北仙台駅から仙台駅まで。6分間の旅でした(笑)

写真は、仙台配備後の修繕工事完了お披露目時のものです。仙台に来た時は本当にボロボロだったのですが、すっかりきれいになりました。

平成15年7月3日の仙台駅です。1番線ホームを2時間半ほど閉鎖して展示会が行われました。

青森側は快速「白虎」のヘッドマーク。

残念ながらJNRマークは再現されませんでしたが、JRマークは控えめ。

719系との並び。

車内も公開。1か所だけ寝台がセットされていました。

上野側は「ムーンライト」のヘッドマーク。隣に立っているのは駅長さんでしょうか?

ところで、クハネ583は保存しなんですかね? クハネ581の保存車両はあるけど、クハネ583はないと思うのですが… 保存してほしいなぁ〜

 


 

4月14日追加

今日の河北新報になぜか4月8日の583系ラストランの記事が出ていました。なぜ今頃?

函館から青函連絡船の夜行便で青森駅に着いたのは午前4時00分。東北本線の上りの始発普通列車が6時27分発で、その間、何をやっていたのかは全く記憶にありませんが、50系客車のボックスシートで向かいの席に座ったおばさんと世間話をしてミカンをもらった記憶はあります(笑)

やってきたのは野辺地駅。南部縦貫鉄道のレールバスに乗ることが、この日の最初の目的です。

ところが、野辺地駅の端っこにある南部縦貫鉄道のホームに入ってきたのはキハ104。キハ101、102はレールバスですが、このキハ104は元国鉄のキハ10形。乗りたかったのはコレじゃな〜い。

という訳で、当初は終点の七戸駅まで行くつもりでしたが、ついつい最初の駅、西千曳駅で降りてしました。

西千曳駅です。風情がありすぎるこの駅は元東北本線の千曳駅。東北本線の移設とともに野辺地駅からの線路とともに南部縦貫鉄道に引き継がれました。
衝動的に降りてしまったものの次の上り列車がやってくるのは約3時間後。ものの見事に何もない西千曳駅で待つのはいささか辛い。ということで、たまたま通りかかった中学生に野辺地行きのバスの乗り場を聞いて、バスで野辺地に戻りましたが、相変わらずの計画性のなさです。それでも野辺地駅の跨線橋から上りの貨物と下り普通列車が撮れました。ED75の重連も50系客車も今となってはもう見ることはできません。

うだうだしている間に南部縦貫鉄道の列車が来る時間になったので、「どうせキハ104だろ」などと思いながらホームに入ってみると… レールバスだし(泣) 思うに朝イチのラッシュ時間帯のみ大型のキハ104を使って、後はレールバスだったんでしょうね。キハ10系とレールバス、両方乗れるチャンスだったのに… あ〜、失敗した。

思わず、このままこのレールバスに乗っちゃおうかと思ったのですが、それをやると野辺地駅に戻ってこられるのは13時36分。この後は下北半島に行く予定で、さすがにちよっと無理でした。

その後、このレールバスとはなかなかご縁がなく、次に訪れたのが平成3年9月28日でしたが、台風のため全線運休で乗れず。結局、乗ることが出来たのは南部縦貫鉄道休止、というか事実上の廃止の約2週間前、平成9年4月20日のことでした。

レールバスをあきらめて乗った大湊線はキハ22とキハユニ26の2両編成。キハユニの方に乗っていますが、合造車って好きなんですよね。なのに写真を撮ってない。なんでだ(泣) そんなこんなで反省点の多い旅行3日目です(笑)
とりあえず、大湊駅で撮った気動車。柱の陰がキハユニなんですが…
こっちは普通にキハ22です。

大湊駅まで行った列車はそのまま折り返し、一駅目の下北駅からそのまま大畑線に乗り入れていたようです。で、大畑駅まで行っているのですが、完全に記憶から消えていました。大畑線はこの次の年にバス会社だった下北交通(当時は下北バス)に転換されているのですが、その下北交通になってから乗ったのが最初だと思っていました。それはそれとして、駅舎の向こう側にいるのはキハユニ26です(笑)

この後は少し迷走していて、乗ってきた列車で大湊駅に戻っていますが、再び大畑線に乗り田名部駅へ。ここから国鉄バスで大湊駅前を通り、宇田というバス停まで乗っています。この宇田バス停ですが、今は存在していないようです。地名からすると現在の海上自衛隊前というバス停がそれっぽい気がします。

なぜ、このバス停で降りたかというと、この日の宿が当時の防衛庁の保養所でした。前々日の青森の宿を調べていたときに見つけたのですが、一般人も泊まれるということで、ついつい予約してしまいました。高台の宿で部屋の窓からは自衛隊の港が見えたような…気がします(笑)

翌日は宇田バス停から大湊駅とは逆方向、むつ脇野沢まで国鉄バスに乗っています。どうやら青森十和田ミニ周遊券の有効利用のようです。すなおに大湊駅から野辺地駅に行っていれば、前日乗り損ねたレールバスにも乗れたろうに、とも思いますが…

1時間ほどかけて着いた脇野沢は鄙びた漁村のたたずまい。沖には鯛島という名前どおりにタイの形をした島が浮かんでいました。

これで、全作戦終了。乗ってきたバスで大湊駅に戻り、大湊線で野辺地駅へ。そのまま特急「はつかり」で盛岡駅へ行き、東北新幹線に乗り換えて帰路についたのでした。

で、最後に、大湊駅を出た直後に撮った写真。小雨ではなはだ見づらいのですが、たぶん原子力船「むつ」だと思います。

函館駅からキハ40で大沼駅までやって来ました。駅から南方向へ移動して小沼の湖畔で撮ります。「北海道に梅雨は無し」ということで、せっかく晴れてくれたのにネガの調子はなかなか厳しい状況。プリントが残っていた写真からのスキャンもあわせてご覧いただければ… 

 


小沼は見えません。駒ケ岳は木々の上にチラリと(笑) キハ80系の特急「北斗2号」。

山線経由で札幌へ行く特急「北海3号」。

後追いで… プリントからのスキャン版。色はこっちがキレイです。

DD51牽引の貨物列車。

新鋭(と言っても登場から5年ぐらいは過ぎてますが…)キハ183系の上り特急「北斗4号」。

14系の上り急行「ニセコ」なんですが、貨物列車とかぶって後追いだけ…

この後、大沼公園駅の北側のポイントまで3.5劼曚錨綿皸榮亜

今年の2月に行ったときに白鳥と一緒に撮ったポイントですが、ここもネガはあきらめてプリント版です。

 

特急「北斗5号」

 


急行「ニセコ」

下り普通列車はキハ22です。
この頃はまだ客車の普通列車も運転されていたのですが、残念ながら撮ってもいなければ見た記憶も無し。まだ旧型客車だったのか既に51形になっていたのか、今更言ってもなんですが、なんか気になります(笑)

大沼公園駅まで戻る途中、下りの貨物列車と行き会いました。

函館駅に着いたのは18時過ぎ。この駅舎、懐かしいです。

最後はお約束の函館山の夜景です。

この後は青函連絡船の夜行便で青森に戻ります。船は貨物船からの改造船「石狩丸」でした。津軽丸型のように美しい船ではありませんでしたが“バランス感の悪さ”がなんか好きな船でした。

ということで、ここまで来たので翌日に続きます(笑)

前回の続きです。

三厩駅から青森駅に戻ってきましたが、青森駅着は16時36分。青森港で青函連絡船を撮っていますが、時刻表を見ると撮れるのは18時55分着の1本だけ。この季節じゃないと撮れませんね。なんにしても国鉄の青函連絡船を港でちゃんと撮ったのはこの時だけです。

ただ、ネガの状態は前回の20系なんかと比べてもずいぶん悪いです。

青森港に入ってきたのは、函館で記念館として保存されている「摩周丸」です。

左手からタグボート「たっぴ丸」が近づいてきます。

大きな連絡船をタグボートが岸壁に押し付けていきます。小さいけどちゃんと国鉄のJNRマーク付きです。

この日はこれで終了、駅近くのビジネスホテルに投宿です。

翌日は早起きして5時25分発の函館行きの青函連絡船に乗ります。船は前日撮影した「摩周丸」でしたが、船内はガラガラ。乗船率は10%程度で、連絡船の凋落を実感せざるを得ない状況でした。

とはいえ、船旅もいいもんです。

途中、まだ陸奥湾の中ですが、青森行きの連絡線とすれ違いました。光の中を行く上りの連絡船。とりあえず早起きをした甲斐がありましたが、この写真だと朝日というよりはなんだか月の光のようにも見えますね。

津軽海峡では2度ほどイルカの群れと出会いました。

函館山が近づいてきました。

函館でも小さなタグボートが連絡船の接岸をサポート。

青森から3時間50分で函館に到着。隣の桟橋ではコンテナ車の積み込み作業中。大きな船体に次々と飲み込まれていきます。

次はいよいよ大沼駅まで行って函館本線の特急列車を狙いますが、次の下り列車の発車時刻まで約30分。その間に駅前で市電をちょっと撮影しました。

500形が普通に走っていますが、両方とも行先は「環状線」。現在の路線では環状はもちろん無理ですが、この頃は東雲線(宝来町〜松風町)やガス会社前を通る路線(路線名はわかりませんが…)もありましたので、ここをぐるっと走っていたみたいです(起点・終点は駒場車庫前?)。
この写真はプリントが残っていたのでこちらをスキャンしました。ネガよりはマシな状態です。

この後は函館本線の普通列車で大沼駅へ向かいます。

2月に函館に近い大沼駅・大沼公園駅付近で小沼や駒ケ岳をバックに函館本線の列車を撮ってきたのですが、今を遡ること30年以上前にもほぼ同じ場所で撮ったことがありました。

ちょっと懐かしくなって昔のネガを引っ張り出してみたのですが… ネガの状態はかなり悪いです。なんか真ん中あたりが緑がかって変色しているもの多数。一本のネガの中でも比較的よいコマととてつもなく悪いコマがあったりしてよくわかりませんが、だましだましスキャンしてレタッチしてみました。まぁ、とりあえず「懐かしい」以外の意味はありませんが、UPしてみます。
 
行ったのは昭和59年6月。例によって素直には行っていません。というか、当時のメモによると函館に渡ったこと自体が予定外だったようで、当初は青森県を主目的地とした3泊4日の旅だったようです。切符も青森十和田ミニ周遊券を使っています。

最初は、昭和59年に大沼あたりで撮った写真メインの記事のつもりだったのですが、旅行のメモや当時の時刻表なんかを見ていたらいよいよ懐かしくなってしまいました。

ということで、まずは旅行1日目の青森までを書きます。
 
上野駅から秋田駅までは夜行急行「おが」(その頃は東京に住んでいました)。車両は既に第一線を退き、主に急行列車で使用されていた20系客車。とはいっても寝台車には乗れず座席車の自由席です。自由席車は5両で、1〜3号車はナロネ21から改造されたナハ21、4・5号車は寝台車のナハネ20が座席車の代用として使用されていました。夜行でのるならゆったり過ごせそうなナハネ20に乗りたいところですが、考えることは皆同じで気づいた時には既に満席でした。止む無くナハ21の座席を確保。

20系客車は何回か乗っていますが、20系の座席車に乗ったのはこの時だけです。できれば車内の写真も撮っていて欲しかったところ。で、乗り心地ですが、ボックスシートのシートピッチが広すぎて前の席に足を乗せるとかえって疲れてよく眠れなかったとメモにあります。

上野駅を出たときはそこそこの乗車率でしたが、福島駅あたりから空きだし横手駅からはガラガラになったので、ゆったり足が伸ばせるナハネ20に移ろうと行ってみると、確かに車内は空いてはいたのですが、寝台には前のお客さんの湿気がこもってちょっと耐えられない状況。とっととナハ21に戻りました。

というのが、かろうじて残っている急行「おが」の思い出です(笑)

下車した秋田駅での撮影。電源車のテールサインは「急行」とシンプル。

秋田で機関車を付け替えこの後は男鹿線の男鹿駅まで行きます。向こう側に停まっているのは24系を使った特急「出羽」ですが、なぜ20系のこちら側のドアも開いているのかは不明です。

ディーゼル機関車が来るまで切妻のナハネフ23の顔が見えます。ヘルメットに座り込んだおニイさんが待機中です。

DD51を連結。

男鹿駅を目指し走り去っていきました。老いたりとはいえ、さすがの風格です。というか、男鹿線で寒風山をバックに走る20系も撮りたかったなぁ〜、と今更ながら思います。

20系急行「おが」を見送った後は、後続でやってきた14系の急行「津軽」で青森に向かいます。秋田駅ではかなり混んでいたようですが大館駅あたりからガラガラになったとメモにあります。なんも覚えてないですけど…(笑)

とりあえず青森駅で急行「津軽」も撮っておきます。寝台車もつないでいたはずですが見えませんね。

青森駅からは津軽線で三厩駅まで行きました。キハ22の3連ですがこの頃はもうタラコ一色ですね。

この日の予定は青森駅に戻り東北本線で野辺地駅まで行って、大湊線で終点の大湊駅まで行き、むつ市内の下北YHに泊まるつもりで三厩駅前から予約の電話を入れたようなのですが、なんと閉鎖されていました。

だからちゃんと調べてからにしなさいといつも言ってるでしょ、と言いたいところですが、この頃は事前に宿の予約をとるなんて皆無。基本、出たとこ勝負の旅ばかりでした(笑)

で、この時も函館に渡ることを決めたのはこの時点だったようです。とりあえず駅前の本屋さんで宿を探して青森駅近くのビジネスホテルを予約したことになっていますが、三厩駅前に本屋さんなんてあったんでしょうか? ストリートビューで見る限りそんな雰囲気はないですね。ちょっと謎です。

結局、三厩駅周辺で何を見るでもなく青森行きのキハ22に乗り込みます。

途中見かけた工事現場。「津軽海峡線第1二股高架橋他工事」となっています。もしかしたら津軽二俣駅付近でしょうか? ということはこの構造物は今の北海道新幹線「奥津軽いまべつ駅」かも… まぁ、わかりませんけど…

青森駅に戻ってきました。583系「はつかり」と奥の方に青函連絡船、煙突の色からして「羊蹄丸」だと思われます。

という訳で、次回は青函連絡船です。

旅行3日目にして最終日です。

天気は…、びっくりするぐらいの快晴! 大沼へ行くのを前日からこの日に変えて大正解!

朝7時にホテルを出て朝市を冷やかしたあと、レンタカー屋さんが開くまでの時間、港の方に出てみると雪をまとった函館山が朝の光に輝いていました。

そして振り向けば、今は資料館となっている懐かしの青函連絡船「摩周丸」。現役当時、一度だけ青森から函館まで乗ったことがあります。調べてみたら昭和59年6月、まだ国鉄だったころの話です。

時間になったのでレンタカーを借ります。冬の北海道で車を運転するのは実に30数年ぶり。前日、函館ナンバーの車が谷地頭の坂でお尻を振り振り走っていたのを見て少々ビビッていたのですが、走ってみると道路は乾いているし、天気はいいし、山はきれいだし、で、なかなか快適なドライブでした。

約30分で小沼の南の端に到着。目の前に真っ白な駒ケ岳が見えます。撮影ポイントには既に同業の方が待機中(笑) すぐに上りの特急がやって来ました。

本当に気持ちの良い青空ですが、まだ顔に日が回っていませんね。

少し北のポイントに移動。こちらは下りの特急。

更に北上して、大沼公園駅の更に北側。

ここで思い出して受信機のスイッチを入れたら列車接近警報が使えました。

という訳で、貨物列車も無駄なく撮れます♪

続いてやって来た上りの特急は新色のキハ261系。ただし新色は前の2両ぐらいで、後ろは従来の塗装でした。

小沼と大沼の接続点付近。ここは白鳥の名所で、観光客がひっきりなしに訪れていました。

大沼駅の南側に戻り再び湖畔のポイントで上り貨物。

こちらは下り列車専用の通称「藤城線」を行く貨物列車です。以前は特急列車もこちらを通っていたと思うのですが、今は新函館北斗駅に停まる関係で全て左側の本線を走っています。藤代線の方が撮りやすいのですが…

もういいかな、と再び小沼の南端へ。今度はキハ183系の「北斗6号」。レンズは15mmでさっきよりはゆとりの画角になっています。日も顔にあたっています。

上と同じ場所から望遠で撮影。ずいぶん雰囲気が違います。

できればもう少し粘りたいところですが、帰りの北海道新幹線は、前日に乗った奥津軽いまべつ駅と木古内駅間を除けば初乗り区間となるので、できるだけ明るいうちに乗りたい、となるとやはりこの辺が限界でしょうか。
最後に上りの「北斗8号」を撮って函館に戻ろうと思ったのですが、20分過ぎても来ません。おかしいなと思いつつ待っていると列車接近警報から「下り接近」。この時間帯に下りの旅客列車はないので貨物列車。ということで、藤城線の下り貨物を撮って終了。
函館に戻ってから判ったのですが、北斗8号は室蘭本線で発生した人身事故のため大幅な遅れが出ていたようです。

函館駅でお土産買って、駅構内の「あじさい」で塩ラーメンを食べたら、後は函館ライナーとはやぶさを乗り継いで帰るだけです。

新函館北斗駅でももう少し何かお土産を、と思っていたのですが、「新幹線乗り換えの方はこちらです」という案内どおりに進むとそのまま新幹線乗り換え改札口に。段差なしで乗換えができるような構造になっているのですが(乗る列車によって違うかも…)、おかげで新函館北斗駅をじっくり見ることなく新幹線の席に納まってしまいました。ちなみに今回乗った「はやぶさ30号」もE5系でした。H5系はしばらくお預けになりそうです。

新幹線車窓からの函館山。
北海道新幹線は防音壁が高く思いのほか視界がよくありません。木古内駅の手前でかなり海の近くまで行くのですが、そこで海が見えたのはほんの数秒でした。

青函トンネルをくぐり青森県に入ると、防音壁は通常のサイズとなったのか陸奥湾を遠望できます。ちょうど函館をめざすフェリーが見えました。

新青森駅に到着。これで北海道新幹線完乗! 同時に北陸新幹線の開業で途切れていたJR線完乗も2年ぶりに奪還!! という感慨もないまま、E5系「はやぶさ30号」は南に向けて走り、仙台駅には定時到着でした。乗り継ぐ仙山線は夕方のラッシュの時間帯。そこそこの荷物抱えてそこそこ辛かった(笑)

2日目の朝は、青森駅6時15分発の津軽線の電車でスタートします。津軽線で電車というイメージは今ひとつありませんでしたが、考えてみたらちょっと前までは特急電車がガンガン走ってたんですよね。今は昔ながらのローカル線に戻ったとはいえ、電化している以上、電車が走っていても何の不思議もないわけですね。

津軽線の701系です。これで今日は函館を目指します。

もちろん津軽線ですから、この電車に乗っても函館には行けません。新青森駅も通りません。では、どのようにして行くかといえば、この電車の終点蟹田駅で三厩行きの気動車に乗り換えて、途中の津軽二股駅で隣接する奥津軽いまべつ駅から北海道新幹線で木古内へ。そのあとは元江差線の道南いさりび鉄道で函館へという計画です。

奥羽本線を離れた津軽線は津軽半島の東側、陸奥湾に沿って北上します。左手には雪原が広がりその向こうには北海道新幹線の高架橋、右手には家並みが続き、その隙間から陸奥湾が垣間見え朝日がキラキラと輝いています。

津軽線最初の停車駅となる油川駅でEH800牽引の貨物列車と行き違い。EH800は以前、仙台総合鉄道部の構内で901号を見ただけで、貨物列車の先頭に立つ姿を見るのは初めて。この後、木古内駅で道南いさりび鉄道に乗り継ぐまでの約3時間で上り6本、下り2本を見ました。「津軽線は昔のローカル線に戻った」と書いたばかりですが、こうしてみると貨物の大動脈としての存在感は健在ですね。すみません、認識を改めました。

さて、家々に隠れチラリとしか見ることが出来なかった海ですが、瀬辺地駅を過ぎると次の蟹田駅の手前までは海岸沿いを走り朝日が輝く海の景色を堪能できました。

電車は蟹田駅まで。この先は隣のホームで待っていたキハ40系気動車に乗り換えます。私が高校生の頃に登場した40系気動車ですが、もうずいぶん数が減ってしまいました。もしからしたコレが最後かもと思いながら乗り込みます。

中小国駅を過ぎると右手に分岐する線路があって、左からやってきた北海道新幹線の高架橋と合流していきます。以前、「はつかり」や「スーパー白鳥」に乗ったときはあの線路を走っていたわけです。

そしてこの先は、それこそ昔と変わらぬローカル線の風情ですが、右手から新幹線の高架橋が近づいてくると、その先には周囲の風景にそぐわぬ巨大な奥津軽いまべつ駅の威容が見えてきます。津軽二股駅はその脇にちょこんとある無人駅。ここで下車します。40系気動車の後ろに見える跨線橋のようなものが奥津軽いまべつ駅への連絡橋です。

津軽二股駅の隣には道の駅「アスクル」がありますが、まだ営業時間前。大きな屋根つき駐車場とあとは何もない駅前を見て奥津軽いまべつ駅へ。エレベーターで先ほどの連絡橋まで上がります。津軽線を跨ぐのですが、津軽線の段上にも線路があります。とその線路を貨物列車が駆け抜けていきました。何となく奥津軽いまべつ駅では新幹線のホームの前を貨物列車が通過していくのではないかと内心期待していたのですが、貨物列車は駅の外側を通るんですね。ちょっと残念(笑)

駅自体は切符売り場と待合室とトイレがあるぐらいの何もない駅でした。売店もなかったような気がする… 

改札を抜けてエレベーターてホームに下りると間もなく盛岡駅始発の「はやて93号」が入線してきます。初めて乗る北海道新幹線ですから、JR北海道のH5系を期待したいところですが残念ながら入ってきたのはE5系。H5系の運用は時刻表を見てもわからず運がすべての車両です(調べる方法を知らないだけかもしれませんが)。実は昨日乗った「こまち95号」に併結された「はやぶさ95号」がH5系だったんですけどね(笑)

青函トンネルについてのちょっとした説明アナウンスが車内に流れ、まもなく青函トンネルに突入。車内の案内表示にも「青函トンネルに入りました」的な文字が流れます。そして、トンネルに入ると真っ暗でつまらん(笑) 昔走っていた快速「海峡」に使っていた50系客車にはトンネルのどの辺を走っているか表示が出たのですが、あんなのがあってもよいのでは…と思いました。

トンネル突入から約20分で北海道上陸。「北海道へようこそ」という車内アナウンスが流れます。

木古内駅で下車します。

木古内駅での上り貨物列車。一番海側のホームは使われず雪に埋もれた状態。中央のホームは半分解体した状態で、左側、一番山側のホームだけが使われていました。停まっていたのは道南いさりび鉄道のキハ40系。塗装はJR北海道時代のままです。さっき、津軽線のキハ40系に乗ってこれが最後かも、と思ったばかりですが、こっちが本当の最後かも(笑)

海岸段丘の上を行く元江差線の道南いさりび鉄道も景色のよい路線です。津軽海峡を行く船や海越しの函館山などが楽しめます。ただ、函館山の左側の雪雲が気になるところです。

果たして茂辺地駅あたりから雪が激しくなってきました。対岸はもちろん手前の海岸線すら見えません。

この日の午後は、函館でレンタカー借りて大沼へ行き、駒ケ岳をバックに函館本線の列車を撮るつもりでいたのですが、この雪の降り方を見ると駒ケ岳はちょっと絶望的。予報では翌日の天気は「晴れ」となっていたのでそこに期待を込めてこの日は函館市内で市電を撮ることとします。

函館駅に着いた頃には雪はやんでいました。今の駅舎になってもう10年以上経っていますが、駅舎に入るのは初めてです。コンパクトでこぎれいな駅ですが、昔のごちゃごちゃした駅も懐かしいですね。

駅前に出ると市電が走っていますが、いきなり719号が見えました。かつての仙台市電400型によく似たデザインの電車ですが、函館市電では貴重な「広告電車」ではない電車でもあります。結果的にこの日、走っていた電車で広告電車でなかったのはこの1両だけでした。

このあとは駅前の函館バスの案内所で市電の一日乗車券を買って適当に電車で移動しながら市電を撮影しますが、この間、雪は降ったり止んだりの繰り返し。

で、谷地頭行きの電車で十字街方面へ走っていると、向こう側から雪煙をあげて走ってくる黄色い車両。「おっ、ササラ電車か!」と前方を見ますが、なんか変。よくよく見てみると電車ではなく自動車でした。

まぁ、確かに電車である必要はないのですが…ちょっとがっかり(笑)

ともかく慌てて次の電停で降りたのですが、間に合いませんでした。ササラ自動車?は降りた電車の向こう側を走り去ってしまいました。こちらは電車の中から撮った1枚です。

思わず降りてしまった魚市場通電停付近でバックに函館山を入れて。

十字街電停で谷地頭方面と函館どっく前方面に分かれるのですが、分岐点付近に操車塔が残っていました。

赤レンガ倉庫や自由市場にも行って見ますが、赤レンガ倉庫はおしゃれすぎてまったく馴染めず(笑)、ようやく見つけた自由市場は日曜日で休み(爆)。とりあえず赤レンガ倉庫のそばで見つけた招き猫。こういうのはわりと好きです(笑)
結局、何だかんだで市電を撮るしかなくて、谷地頭の手前、坂のてっぺんにある電停「青柳町」へ。

坂を十字街方面へ少し下りて待っているとやって来たのは広告なしの719号。谷地頭から戻ってきたところを撮ります。ちょうど日も差して、狙っていた雰囲気で撮れました。ハイカラ號を除けば最古参の500形、最新の超低床車9600形と見たかった車両は見れずじまいでしたが、まぁいいか、って感じです。

この後は五稜郭タワーに行きます。五稜郭タワーは昭和57年に行ったきりなので、実に35年ぶりです。その間にタワーは建て替えられ、かつては約60mだったのに今は約100mとずいぶん高くなりました。ただ、着いた時間が少し遅かったみたいです。せっかく日が差してきたのに海の上に広がる雲の向こうに隠れてしまいました。

五稜郭の向こうはまだ少し日が差しています。

こちらは函館山方向。函館山の右側の雲が無ければもう少し日が差してくれたのですが… 

そしてこちらが函館空港。この辺はまだ陰っていません。ちょうど降りてきた飛行機が見えますが、よく見ると垂直尾翼の虎柄が印象的なタイガーエア台湾です。

日が暮れると五稜郭公園のライトアップが始まります。コレが見たくて来たのですが、目で見るより写真の方がキレイに見える…ような気がします(笑)

後は函館駅前に戻り、朝市で開いていた食堂で夕食。これでこの日の作戦は終了です。

翌日はこの日に行けなかった大沼方面を目指します。

数日前にちょっと降りましたが、今年はなんだか雪が少ないです。もともと仙台は雪が多いエリアではありませんが、それでも今シーズンの雪かきの回数はゼロ、自分の車で雪道を走った回数もゼロはちょっと異常です。そんなこんなで無性に「雪が見たいなぁ」などと思ったのが2月上旬のこと。

ついでに「久しぶりに雪の秋田内陸線に乗りたい!」とか思ってしまいます(何気にちょっと前に書いたの記事の影響もありそうですが…)。

結局、行くことができたのは思い立ってから2週間ほど経った2月末。まぁ、秋田内陸線だけというのもなんなんで、未だ未乗となっていた北海道新幹線も乗ってしまいましょう!
いつものことながら少々古い話になってしまいましたが、よろしければお付き合いください。

というわけで、2月下旬の土曜日、朝一番の「こまち95号」で出発。天気は雲が多いもののそこそこ青空も見え、仙台中心部のビルに朝日が反射して輝いています。
古川付近からだんだん外が白っぽくなってきて、岩手に入ると真っ白。時折吹雪く冬らしい景色となってきました。盛岡付近では積雪が減ったもののその先は奥羽山脈。再び真っ白な世界に入っていきます。と言いつつ、山中でも積雪は40〜50cmぐらいでしょうか? 多いのか少ないのかはよくわかりません。

仙台を出て2時間ちょっとで角館に到着。到着直前の車窓はこんな感じです。

角館で秋田内陸縦貫鉄道の秋田内陸線に乗り換えます。にしても、こんなところにも(と言っては失礼ですが)、何組かの外国人観光客がいらっしゃいます。中年の駅員さんが片言?の英語を駆使して対応している姿に時代を感じます。まぁ、観光で売っていかなければならない鉄道ではあるのですが… なんかスゴイなぁ〜

秋田内陸縦貫鉄道は、国鉄の角館線と阿仁合線を引き継ぐ形で昭和61年に開業した第三セクターの鉄道です。平成元年には未成線だった角館線の松葉と阿仁合線の比立内間が開業、路線名も秋田内陸線と改め田沢湖線の角館と奥羽本線の鷹ノ巣を結んでいます。

山間部を走る鉄道ということで、経営はかなり厳しいようですが、阿仁合行き普通列車は1両編成ながら車内はなかなかの繁盛。角館を発車した時点で全てのボックス席が埋まり(4人座っているという意味ではありませんが…)、ロングシート部分にもそれなりにお客さんがいます。ほとんどの方が観光客のようですが、まずは結構なことです。

車両は、開業後まもなくして導入されたAN8800形。この車両も登場してまもなく30年。少々くたびれてきてはいますが、雪の中を軽快に走っていきます。この列車にはアテンダントさんも乗っていて、車窓や駅周辺の案内はもちろん、行き違う車両の説明、さらに車内販売までこなしていました。天気がよければ雪原の向こうに秋田駒ケ岳が見えるそうですが… 真っ白です(笑)

秋田県で最も高い位置にある戸沢駅を過ぎ、長いトンネルを抜けると阿仁マタギ駅。ここで下車します。実は終点の阿仁合駅まで行って駅のレストラン「こぐま亭」で昼食をとるか、阿仁マタギ駅で下車して温泉に浸かるか、直前まで迷っていたのですが、駅の前後で列車の写真を撮ろうとすれば、阿仁合駅よりは阿仁マタギ駅かな〜、で、結局、阿仁マタギ駅で下車。阿仁合駅に向けて去る列車を撮ります。

近くにある打当温泉は徒歩だと30分ぐらいかかりますが、連絡すると車で送迎してくれます。ケータイで電話をすると5分くらいで迎えに来てくれました。

ゆったりと温泉に浸かり、施設内の食堂で軽い昼食。マタギの里ということで、メニューには熊肉ラーメンも… 肉そばをいただきましたが肉は豚でした(笑) 熊っておいしいのかな?

施設内にはこんなのが居ました。なかなかのインパクトです。

再び車で阿仁マタギ駅まで送ってもらいます。ドライバーの方の話では雪の量は平年並みとのことでした。

阿仁マタギ駅に鷹ノ巣行きの急行「もりよし」号がやって来ました。車両は先ほどと同じAN8800形。急行用としてAN8900形があるのですが、残念ながら定期の運用からは離れているようです。ちなみにAN8800形は登場時にはベージュに赤のラインという塗装でしたが、今は一部を除いてそろぞれ色違いの単色塗装となっています。

それはそれとして、車内には華やかな雛飾りと秋田犬の子犬の写真が…

この急行列車で鷹巣駅を目指すのですが、ここで問題が一つ。既に角館駅で言われていたのですが、秋田内陸線は「小渕駅と阿仁合駅との間で線路肩崩落の危険性」とのことで、阿仁合駅と阿仁前田駅との間はバス代行となるとのこと(3/23現在、まだ復旧していないようです。秋田内陸鉄道さん、頑張ってください!)。鷹巣駅ではJR奥羽本線の弘前行きに乗り継ぐ予定なのですが、乗り換えの時間は9分。一部区間とはいえバス代行となると遅れは必至。その後の予定を考えるとちょっとヤバイです。

そうこう言ってる間に日立内駅に到着。待っていたのはベージュに赤のオリジナル塗装のAN8800形。線路の両側にはそこそこの雪の壁が…

30分弱で阿仁合駅に到着。この列車にも乗っていたアテンダントさんの誘導で代行バスに乗り込みますが、言うことを聞かない観光客は(私もあまり人のことは言えませんが…)あっちで写真、こっちで自撮りで、なかなか先に進みません。幼稚園の先生のごとく優しい声で案内を繰り返すアテンダントさん。お疲れ様です。そして、すみませんでしたm(__)m
代行バスは秋北バスの小型の路線バスタイプ。この車両に急行から乗り継いだお客さんが納まってしまいました。お客さんで席にありつけなかったのはお一人だけ。急行にもそこそこ乗っていたと思っていたのですが、なかなか厳しい現実ではあります。

急行の代行バスなので途中駅には寄らず阿仁前田駅には15分ほどで到着。再びアテンダントさんの活躍で鷹巣駅までの急行列車は7分遅れで発車。鷹ノ巣駅(JRのたかのす駅はノの字が付きます)での接続は微妙なところ。

添乗していた秋田内陸縦貫鉄道の社員らしき人に聞いてみたら、「JRに連絡してみます」。数分後、「JRは待つそうです」との回答があって一安心しましたが、結局は4分遅れで鷹巣駅に到着。跨線橋で直接JR鷹ノ巣駅のホームへ行き、難なく乗り継ぐことが出来ました。相変わらずの雪景色の中を701系で弘前に向かいます。

大鰐温泉駅では、今も現役、弘南鉄道のキ105を目撃。これが動いているところも見てみたかったです。

弘前駅で乗り換えるのは五能線の快速「リゾートしらかみ4号」。

最新のハイブリッド気動車HB-E300系の橅(ぶな)編成。木材を多用した明るい車内は気持ちがよいです。運転席の後ろのフリースペースにはブナの木のオブジェが飾られていました。

窓越しに津軽の名峰、岩木山が見えますが、残念ながら山頂は雲の中。そして右側から雪雲が迫ってきました。

五所川原駅に着いた時にはまたまた吹雪き。五能線のハイライトはこの先にある鰺ヶ沢駅からですが、ここで津軽鉄道に乗り換えます。車両は主力車両である津軽21形です。乗った列車は金木駅でストーブ列車と行き違いとなります。

ですので、金木駅の手前の津軽飯詰駅で降りてストーブ列車を撮り、そのままストーブ列車で五所川原駅に戻るつもりだったのですが、降りてみたら、なんか撮りにくい。以前、この駅で撮った時と何かが違う。と思ったら行き違い設備がなくなっていました。

とりあえず乗ってきた列車を見送ります。

ストーブ列車が来るまで約30分。待合室に入ってみると想定外なことにストーブが点いています。ほわっとした空気がありがたいです。待っている間に雪が上がりましたので、乗るのはあきらめて近くの踏切でストーブ列車を撮ることにします。次の上り列車まで1時間半ぐらい待たなければなりませんが、ストーブがあるので何とかなるでしょう。

やって来たストーブ列車はディーゼル機関車が牽引していました。当たり前の姿ではありますが、事前にネットで見ていたら客車が2両がディーゼルカー津軽21形に挟まれる形で運転されている写真をみつけて、これだったらちょっと悲しいと思っていたので、まずは安心します。ただ、機関車の次位につながれた津軽21形はしょうがないところでしょうか。

ストーブ列車を撮って待合室に戻るとほどなくして一人の男性が入ってきました。実はストーブの脇には「夕方に係りの者が消します」的なことが書いてあったので、「ありゃ、消しに来ちゃったかな」と内心ドキドキします。

で、いろいろとお話をさせていただいたのですが、実際に消しに来られたようです(笑)

とりあえず、私が上り列車に乗った後に改めて消しに来るとのことで、すみません、ありがとうございました。おかげさまで本当に助かりました。

ところでこの駅には津軽だこや地域を紹介する展示物がいろいろと飾られています。ストーブを消しに来られた方もそのお一人だったのですが、飯詰を盛り上げる活動をされているそうです。ストーブもその一環とのことでした。にしても、懐かしい昭和の駅のイメージです。
ちなみに活動内容等はこちらのホームページで紹介されています。ぜひご覧いただければと思います。

ようやく上り列車が来てくれました。

五所川原駅からは再び快速「リゾートしらかみ」に乗ります。別に普通列車でよいのですが、これしか無いんですよね。さっきの橅編成同様にハイブリッド気動車HB-E300系で、橅編成の先輩になる青池編成です。

何はともかく、この列車で青森まで移動しますが、ちょっと疲れたかな〜。と空いているのをよいことにシートを回して足を伸ばしますが、シートピッチが広すぎてかえって疲れる(笑)

この日は青森に宿泊。青森名物「味噌カレー牛乳ラーメン」をカップ麺以外で初めて食べました。なるほど、こんな味でしたか。

 

 

翌日は函館を目指します。

三連休ももう終わりです。結局、遠出はできませんでした。

昨日は、朝早く出て、いわき方面へ出かけるつもりだったのですが、いろいろあって家を出れたのは昼過ぎ。しょうがないので常磐線の山下駅あたりで普通電車をちょろっと撮ってきて終わっちゃいました。

山下駅と坂元駅の間、国道6号線からの俯瞰です。わかりにくいですが線路の向こうは水田で、その向こうが津波被害があったエリア。まだまだ工事中です。そしてその向こうに太平洋です。
国道6号線と新しい山下駅を結ぶ道路から撮影。この辺は開発が進んでおり、新しい公園で遊ぶ子供の姿にも復興の一端が感じられます。
浜吉田駅と山下駅の間です。山下駅周辺は高架橋ですが、浜吉田駅からはしばらく地上を走っており踏切もあります。
なんとなく印象的な雲と光。
だいぶ日が傾いてきました。窓と太陽の位置を合わせたかったのですが、ちょっと惜しかったです。
次の電車の時にはもう沈んでしまいました。

以上で終了ですが、何となく不完全燃焼だなぁ〜 ちなみに車両は、E721系0番台、E721系1000番台、701系で、719系は来ませんでした。てか、もう719系の運用ってもうないのかな? 


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