昨日で今年の夏休みはおしまい。今日から出社。新しいプロジェクトが本格始動! 今週からグチャグチャな日々が始まります。で、「昨日は終戦記念日、今日は開戦記念日♪」なんてネタでも書こうかな…、なんて寝ぼけた事を考えていたら、いきなり叩き起こされた気分です。

東北高校、勝ったみたい、よかったね〜、なんて言ってた11時46分、グラグラと揺れだしました。最初はかなりはっきりした縦揺れ。そして間髪をおかずに横揺れ。

あぁ、震源は近いな、って感じでした。

窓の外には東北新幹線の高架橋が見えるのですが、ちょうどE4系電車が駆け抜けていきます。このまま仙台駅まで行っちゃうのかな〜、なんで見ていたら、急速に速度を下げ停車しました。架線柱が大きく揺れているのがわかります。この瞬間、初めてちょっと恐怖を感じました。

揺れてる時間は結構長かったです。これが宮城県沖地震なのかな、と思ったのですが、報道によるとどうやら違うようです。前の宮城県沖地震も経験しましたが、あの時は横揺れの振幅がとても大きかったのですが、今回はかなり小刻みな揺れでした。


停まった新幹線電車の乗客は、1時頃には線路に降りて、高架橋上を仙台駅まで歩いて移動したようですが、電車の方は退社時になっても停まったままでした。ちなみに高架橋を歩いてる乗客の映像をテレビで見て、「オレもあそこを歩いてみたい」と口走り、ひんしゅくを買ったのは私です(^^ゞ

帰りの仙台駅は大混乱でした。ようやく仙山線と東北本線の利府方面の電車は動き出したとの事ですが、それ以外は目処もたたず。お盆のUターンラッシュの最中ということもあり、コンコースは人であふれています。疲れた人があちこちに座り込んでいる状態です。ホテルの予約センタ前には、帰るのをあきらめた人たちが行列を作っていました。


仕事の方は仕切りなおし。さてと、大きな余震が来なけりゃいいんですが…


 ◆仙台駅を目前に停車したMaxやまびこ107号[13:39]


 ◆混乱する仙台駅中央改札付近[18:29]

仙台市街地の北西部にある大崎八幡宮。1607年に藩祖 伊達政宗公により創建された神社で、桃山様式の本殿は国宝に指定されています。開演前:石段に並ぶ行灯

その本殿は、昨年末に平成の大修復を終え、創建当時の美しい姿を取り戻しました。それを記念した(正確にはちょっと違うかも…)「雅楽の夕べ」が、8月12日に開催されました。

場所はもちろん、大崎八幡宮の本殿前。ちなみに私の家からは車で10分ぐらいの距離。雅楽というものには全く縁のなかった私ですが、ちょっと興味があって行ってみました。

夕方の6時スタートと聞いていたのですが、時間に行ってみたら人がパラパラいる程度。何だスカスカじゃん。会場付近をウロウロしてたら、係の人らしき人に「いかがですか、なかなかいいものですよ」などと言われ、やっぱ人気ないのかな? なんて思っていたら、開演は7時。1時間も前に来れば空いてる訳です(笑) で、所要時間は1時間半ぐらいだそうです。

料金とかも判らなかったので聞いてみたら、お志で…とのこと。言われるままに記帳簿に名前と住所を書くと、前の人の所に金額も書いてありました。ん〜と、ほとんどの人が1000円。500円の人もチラホラ。とりあえず私も1000円と書いちゃいました。

本殿前には舞台が設置され、その右と左に一般客用の椅子が並んでいます。1時間早く来たおかげで前から2列目の席を確保。開始時間を待ちます。30分前ぐらいから神職の人が本殿に入り、なにやら神事を行っているようですが、内容はよく判りません。ともかく厳かな雰囲気ではあります。

周囲も次第に暗くなって、本殿からは雅楽の調べが流れてきます。そして7時頃に舞台の周りの薪の入った籠に火が入りました。お客さんもいつの間にか150人ぐらいになりました。やはりお歳を召された方が多いのですが、小さな子供を連れた家族連れやハタチ位の女の子のグループも何組か見かけました。

菊花を手にした2人の巫女さんが舞台に上がり、舞を舞います。プログラムによると神前神楽「萬代(よろづよ)の舞」だそうですが、基本的な知識が全くないため、文章に出来ませんm(__)m、…ともかくゆったりした優美な舞で、雅楽の調べにのって何ともよい感じですね。

ちなみにプログラムではこれは3番目。最初の今様「白薄様(しろうすよう)」、次の管弦「壱越調音取(いちこつちょうのねとり)」は既に終わっているようです。多分、本殿の中で行われたのでしょう(ホントか?)。

続いて古代の武者?のような姿をした男性が舞台に上がります。管弦「武徳楽(ぶとくらく)」で、男性が唄(なのかなぁ〜?)うと、本殿前の篝火にも火が灯されました。

パチパチと爆ぜる篝火の火に本殿が照らされます。

一度下がった男性が舞台に戻り、御神楽「人長(にんじょう)舞」が舞われます。やはりゆったりした動きです。

そして最後に、4人の巫女さんが舞台に上がり神前神楽「浦安(うらやす)の舞」。前半は扇の舞。後半は鈴の舞で、巫女さんの手の動きに合わせて鳴る鈴の響きが心地よく暗い境内に響きます。
上演後:篝火と本殿
この後に退出音声というのもあったはずなのですが、これは判りませんでした。いずれにしても90分て結構辛いかな〜、と始まる前は思っていたのですが、終わってしまえば本当にあっという間でした。小さな子供もいたはずなのですが、騒ぐような子は結局皆無。子供ながらにこの雰囲気がわかるのでしょうか? てか、単に寝ちゃっただけ、って可能性もありますが(笑)

何にしても判らないながらも、日本の文化をたっぷりと堪能してしまいました(^^) こういうのも、たまにはいいもんですね。

巫女さんの舞とか、写真を撮りたかったのですが、残念ながら上演中は撮影禁止。仕方がないので、始まる前と終わってからデジカメでちょっと撮影しました。雰囲気だけでもご覧ください。

8/6〜8の3日間、仙台は七夕祭りで賑わいました。会期中必ず一日は雨が降るというジンクスどおり、8日の午後は雨となりましたが、それでも訪れた観光客は228万人。去年までの七夕パレードから衣替えした「星の宵まつり」など新しい試みも見られました。

とか言いながら、実際にはこの3日間、都心部には近づいてないんですよね(笑) 人ごみが嫌いで…

その代わりと言っては何ですが…

七夕祭りが行われているのは仙台都心の中央通と一番町だけではありません。市内各所の商店街では、都心部のような豪華絢爛たる飾りはありませんが、手作り感あふれる竹飾りが市民の目を楽しませてくれています。

私の家にも近い「なかやま商店街」でも竹飾りが並んでいました(若干?間隔が大きいのが難点ですが…)。坂の途中にある商店街のメインストリートを飾る竹飾りをかき分けるように路線バスが通り抜けていく様は、都心では見られない光景です。

なかやま商店街
なかやま商店街


もう一箇所、仙台都心から北西へ約10kmの「根白石地区」でも七夕祭りが行われています。ここまで来ると更に手作り感がUP! 作り手も商店だけでなく子供会や学校、自治会なども目立ちます。それに商店といっても普通に近所のお店ですから、ほとんどが個人レベルかもしれません。そしてここの特徴は、切った竹に飾るのではなく、鉢植えの竹に飾っています。かつての仙台七夕はこのスタイルだったといいます。
根白石地区
根白石地区
都心部の豪華な七夕もよいのですが、これら素朴な七夕もまた味わい深いものがあります。今年は終わっちゃいましたので、来年、これらのローカル七夕を巡ってみるのも面白いかもしれませんよ(^^)

国交省は、昨日(8/29)全国18のご当地ナンバープレートを認めました。東北からは「会津」と我が「仙台」の2ヶ所。

宮城県は従来、「宮城ナンバー」の1種類だけ。「仙台ナンバー」が欲しいという声はずいぶん前からありました。そんなこともあってか、今回は実に28万人近い仙台市民の署名が集まったそうです。仙台市の人口が約100万人ですから、すごい数です(っていうか、私はしてないなぁ、どこで署名を集めてたんだろう?)。

そんな官民を上げた努力が報われたということで、結構なことだとは思います。でも、今回、仙台ナンバーの対象となるのは、仙台市内の車。つまり、宮城県の車のうち仙台市内の車は仙台ナンバー、それ以外が宮城ナンバーということになります。言い換えると「仙台ナンバー」=都会、「宮城ナンバー」=田舎 みたいになって差別化されると、ちょっと変な感じになっちゃうな〜、なんて思ってしまいました。個人的には「みやぎ」って響きが結構好きなんですが…

とは言いつつ、仙台人としては「仙台ナンバー」にしたいような気もするし… 実は今の車が今年4回目の車検をむかえる事もあって、そろそろ新しい車が欲しいな、とか思っていたのですが、どうしよう。仙台ナンバーの導入は来年度の予定。ん〜、もう一回、車検を通すかな〜 カネもないし…(笑)

ちなみに今の車は他県ナンバーです。

今朝の仙台駅。改札口を出ると、そこには大きな七夕飾りが揺れていました。和紙の吹流しを、手でかき分けるときの触感がいいんですよね。

それにしても、もうそんな季節なんですね〜。このところジトジトした天気が続いてたこともあって、すっかり忘れてましたが、7月も早最終週。8月に入ると東北各地で夏祭りが始まります。

8/2からの青森ねぶた、秋田竿灯、山形花笠と続き、最後を飾るのが仙台七夕。ねぶたや竿灯のような勇壮さはありませんが、伊達者の誇る豪華な和紙の祭典を楽しんで欲しいなぁ〜、などと思っています。

とか言いつつ、地元にいるとなかなか見に行かないんです。人ごみの中を歩くのが実は嫌いで…(笑)

でも、会社の帰りとかチラッとは見るんですが結構キレイですよ(と、あわててフォロー)。もし、この夏初めて見られる方がいらっしゃったら、ぜひ夜に見られることをおすすめします。なんといっても七夕は星祭ですから。。。

仙台駅中央コンコース

今日は水曜日。原則として残業はありません。

「久しぶりに歩いて帰るかな」
以前は、健康のためということで、約5kmの道のりを週に1・2度は歩いていたのですが、最近はとんとご無沙汰でした。わりと気温も低めでしたので、駅へは向かわず進路を変更。

15分ほど歩るき路地に入ると何時にない人通り。浴衣姿の女の子もチラホラ。頭上には紅白の提灯も並んでいる。そして路上にはたくさんの屋台が… これは、お祭りですね。街の中の小さな…え〜っと、神社、お寺、あれ、どっちだ? ん〜、大日如来って書いてあるから神社じゃないなぁ〜、お寺って夏祭りやるっけかな?

ともかくビルの谷間の小さなお寺のお祭りですが、意外なほどたくさんの人で賑わっています。考えてみたら都心部とはいえ、マンションとかも多いエリアです。周辺住民って多いんですね。小さな子供を連れた家族連れも結構いるし、学校帰りらしい女子高生の姿も…

そんな人ごみに誘われて通りを歩けば、何とも懐かしい雰囲気です。ムシキングやイタリアンスパーボーなんてイマドキ的な屋台もありますが、お好み焼きやカキ氷、リンゴ飴に射的に焼きそば、そして「型抜きしよ〜」なんて言いながら走っていく小学生を見ると、何かうれしくなっちゃいます。子供の頃に行った近所の神社のお祭りを思い出しました。

そしてお面… ん? 知らない人ばっかりだな… ホントにイマドキの仮面ライターは判らんわ。と思ったら平成ライダーに混じって1号ライダーが。ちょっとホッとする(笑)

意外なところで出会った街の中のお祭り、結構いい感じでした。

で、そのまま家まで歩いて帰るはずだったのですが… ポツポツと落ちてきた雨の雫を理由に通りかかったバスに乗ってしまいました(^_^;) 



60年前の今日、1945年7月10日の未明。仙台は米軍による空襲を受けました。この夜、襲来したB−29は123機。焼夷弾912トンが罪なき仙台市民の上に振りまかれました。

私の父もこの空襲を体験しています。父の記憶によると前日の夜半に一度警戒警報が鳴ったものの、間もなく警報は解除。それで眠りについたのですが、空襲警報の音で目を覚ました時には既に中心部は炎に包まれていたそうです。

まだ少年だった父は、母親(私から見ると祖母)と姉(私から見ると伯母)とともに、当時住んでいた錦町の家を出、近くの防空壕に入ったのですが、「ここは危ない」と言われ、宮町の親戚の家へ行ったら、さらに「ここも危ない」ということになり、仙山線を越え高松方面の山に逃れ、ここで燃え盛る仙台の街を改めて見たのですが、上空にはB−29の編隊が悠然と行く中、味方の高射砲の砲弾がその遥か下で炸裂するのを情けない思いで見たと言います。

結局、錦町の父の家はギリギリのところで無事でしたが、この空襲による焼失家屋11,120戸。そして犠牲となった市民は1066名に上りました。

B−29が去り、都心へ行ってみると、そこは一面の焼け野原。亡くなった人の亡骸やで建物の残骸で、見るも無残な有様となり、焼失した仙台駅前からは西公園まで見渡せたそうです。

父の回想はここまでですが、手元に「仙台空襲」という本があります。これは昭和48年に発行された空襲の体験集ですが、久しぶりに書棚から取り出してみました。改めて読んでみると体験した人しか書けない言葉が次々と飛び込んできます。炎の中を逃げまどった人、目の前で近親者を失った人、仙台の親族を探し焼け跡を歩き回った人。さまざまな人間模様が生々しく記述されています。

今の中国や韓国に色々と言われると、つい反発してしまうことも多いのですが、あの戦争に至った経緯を考え直してみる事は必要じゃないかな、改めてそう思います。
仙台空襲

仙台駅は駅弁の宝庫です。と言うのも、元々“伯養軒”と“こばやし”の地元企業2社が競い合っていたところに、いつの間にか“NRE(日本レストランエンタープライズ)”も参戦し、その結果、販売されている駅弁は常時30種類以上。この中から駅弁を選ぶのは旅の楽しみです。最近のお気に入りは「笹巻き えんがわずし」です(^^)


ところが、その中でも最も古い“伯養軒”が、多額の累積債務による経営難から、駅弁をはじめとするフードサービス事業と老舗の仙台ホテルを売却、会社を清算することになりました。

伯養軒は1850年(ペリーが浦賀に来る3年前ですね)に旅籠「大泉屋」として創業。1887(明治20)年の鉄道開通にあわせ、支店を仙台駅前に設置。さらに1890(明治23)年には駅弁事業を開始。鉄道とは深い関わりを持っていました。そして、駅前旅館は1896(同29)年に東北初の洋式ホテルとなる“仙台ホテル”を開業するなど、仙台最古参の企業として、東北全域で事業を展開してきました。

92年12月期には200億円を超える売上高を計上していましたが、その後は景気低迷で販売不振に陥り、04年3月期には100億円強にまで落ち込んでいたそうです。


今後は、ホテル業とフードサービス業とも、それぞれ首都圏の企業に売却された後も、従来どおり営業を続けるということで、仙台駅の駅弁が激減するということはなさそうです(伯養軒のブランド名も残りそうです)が、古くから仙台にある企業が消えていくということはさびしいことです。

仙台都心部の商店街でも、昔からある本屋さんやお茶屋さん等が相次いで店を閉じることになりました。東京の企業はどんどん入ってくるのですが、どうも地元企業の元気が足りないような… ちょっと気になります。てか、かなり…(-_-;)

今日の仙台は暖かです。

昨年の11月から通っている事務所の窓から青葉通りのケヤキ並木が見下ろせます。通いだしてから、ず〜っと冬の装いだった木々にようやく春の兆し。先週の終わりぐらいから、裸の枝の先っぽの方が、ほわほわっと赤みがかった茶色に変わってきました。さっき見てみたらそれがだんだん緑ぽくなってきて… 新緑の季節ももう少しですね。晩翠草堂(土井晩翠の住居)の桜の木もうっすらとピンク色。どうやらつぼみが膨らんできたようです。

何か、世の中見ても身の回りを見てもイイことがちっともありませんが(^_^;)、「春が来る」ってだけでも幸せなのかもしれません。

もう少し、青葉通りの春を楽しみたいのですが、来週からは本来の事務所に戻る予定です。今やってる残務処理が終われば… さぁて、仕事だぁ〜(泣) てか、とっととヤレ!


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